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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
炎天下

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7/19

#7



緊張する。

喉が焼けそうなほどの暑さにうだってるのに、鼓動はやたら速い。

迎は三ヶ月ぶりの教習所の前で、額ににじむ汗を拭った。


「三ヶ月サボってた俺を教習所が拒んでる……」

「はいはい。分かったから行くぞ」


相変わらず帷くんはクールである。

諦めて、颯爽と横を通り過ぎた彼の後に続いた。

土曜日ということもあって、受付のあるフロアは人が多く、活気があった。

「うは〜、大学生ばっかで目が痛い」

「お前も大学生だろ」

「俺はあんなパリピじゃない。絶対輪に入れない」

帷の後ろに隠れ、賑やかな大学生グループを避けて空いてるベンチに向かった。

「お前も見た目は遊んでそうなのに、意外と引っ込み思案なんだな」

「進んで前に出たいとは思わないな。仲良い奴ひとりいたら充分だもん」

自販機でジュースを買い、ひとつを帷に渡した。

「だから、お前がいれば充分ってカンジ?」

「……そ」

帷はサンキュー、と言って時計を見た。


「俺は今から仮免試験だけど、お前は自習室に行くんだよな?」

「あぁ。気まずいけど」

「何百って数の生徒がいんだから、しばらく休んでたって何も言われないよ。俺もそうだし」

「あれ、帷も不登校だったの?」

「言い方……まあな」


帷はやれやれといった様子で、ジュースを飲みきった。

やっぱりお母さんのことで色々大変で、行けない期間があったんだな。

密かに考えて、そりゃそうだと消化する。

ちょうど次の教習を知らせるアナウンスが流れた為、帷は鞄を持って立ち上がった。

「じゃ、行ってきます」

「行ってら。頑張れよ! マインドだから!」

「はいはい」

帷は可笑しそうに笑うと、すれ違いざまに俺の前髪を持ち上げた。


「終わったら迎えに行く」

「……おぉ」


その笑顔は、本当に甘くて、優しくて。

しばらくその場に立ち尽くしてしまうぐらい、見惚れてしまった。

不審に思われるから、俺も早く移動しないと。そう思うのに、やたらめったら足が重い。引き摺るように歩き出し、自習室へ向かった。


てか、帷は試験なんだから迎えに行くのは俺の方だよな。

冷静さを取り戻すも、尚さら羞恥心が込み上げてきた。


はぁ。部屋に着くまで誰とも会いませんように。

多分俺、今かなり真っ赤になってる。





一時間ほどパソコンで勉強し、迎は勢いよく立ち上がった。

結局、あまり集中できなかった。自分よりずっと大事な人の、大事な試験だから。

結果を訊くのがちょっとだけ怖い。不安と期待が綯い交ぜになって、心と足を突き動かした。

一階へ降りると、ちょうど教習を終えて外から生徒達が入ってくるところだった。

邪魔にならないよう端に移動し、目的の人影を捜す。つま先立ちでひとりひとり確認していると、無事彼を見つけることができた。


「帷。おつかれ!」

「迎」


帷と、こちらを見ると少しホッとした顔でやってきた。

「俺から会いに行くって言ったのに」

「あはは、何か俺まで緊張して、あんま集中できなくてさ。……どうだった?」

人はいなくなったものの、声を潜めて問いかける。


心臓を掴まれてるような嫌な感覚にずっと支配されていた。


頼む。受かっててくれ。

心の中で必死に祈る。帷はこちらを見ようとせず、暗い面持ちになった。

気まずい沈黙と、重いため息。……まさか。


「駄目だった」

「うそ……」


帷に限って、そんな馬鹿な。そう思ったけど、静かに俯く帷に掛ける言葉が見つからない。

……いやいや、何回でも受けられるんだ。また次頑張ればいい。


「だ、大丈夫だよ! お前のことだから、絶対惜しいミスしただけだろ。今日は俺が飯作るから元気出せって」

「マジで? ありがと。じゃあ、そうだな……しょうが焼きが食べたい」

「OK、任せろ」

「あとデザートは白玉あんみつ」

「レシピ調べながら作る。そんだけでいいのか?」

「うーん……あ」


顎に手を添え、真剣に考えていた帷は手を打った。

「花火したいな。線香花火。もう何年もやってないから」

「突飛だなー! ……でも、そういや俺も。面白そうだし、線香花火買いに行くか」

「やった。頑張った甲斐あったわ」

買い物に行くことが決まると、帷は楽しそうにポケットに手を入れた。

彼の元気が出たことは良かったけど。……絶対何かおかしい。


「おい、ちょっと用紙見せろ」

「え? あっ」


帷がわきに抱えていた効果測定諸々のプリントを素早く奪い、確認する。

しかし内容に目を通すまでもなかった。用紙の下には、仮免許合格に関する用紙があったから。


「おいっ!! 受かってんじゃねえか!」

「そりゃあな。ちゃんと予習したし」


帷は悪びれもせず、掛けていた眼鏡を外した。堂々と騙すなんて、いくらなんでも酷い。

どうりで落ち着いていたはずだ。めちゃくちゃ要望言ってくるし、内心は俺を躍らせて笑っていたんだろう。そう思うと何か腹立つ。


「騙して悪いな。最初は普通に合格したって言うつもりだったんだけど、俺より緊張してるお前見たら、ちょっと弄りたくなって」

「絶対許さん」

「ごめんごめん。だって可愛いから」


可愛いって……。

言い訳になってないし、不意の笑顔に顔が熱くなる。悔しいことに、怒りより羞恥心が勝ってしまった。

完全にフリーズした俺の頭を、帷はぽんぽんと叩く。


「頑張ったのは本当だよ。合格したお祝いにしょうが焼き作ってほしいなぁ」

「……」


全く。

まぁ俺も……教習所に通ってたことは言おうとしなかったし。今回はおあいこだな。

「分かった分かった。飯は作るよ。花火もやる」

「サンキュー。やっぱり迎は優しいな」

「もう……」

絶対、してやったりと思ってる。

でもあどけない顔で笑われると、それまでの感情は置いてけぼりになる。胸の中にあるのは、甘酸っぱい気持ちだけ。


「おめでとう、帷」

「ありがと」


そして、自分が合格したのと同じぐらいの喜びを抱いてる。

仮免でこれじゃ、卒検や本免のときはどうなるんだろう。心臓がもたないかもしれない。

ま、何も今心配しなくてもいいか。


「じゃ、買い物行きますか」

「ああ」


帷とスーパーに行って、食材を調達した。その他必要なものを買い足して、自宅に戻る。

家が目の前だから仕方ないんだけど、教習所に帰ってきてるみたいで変な気分だ。

でも俺以上に帷の方が不思議に感じてそうだな。

ちょっと可笑しくて笑ってると、帷が隣にやってきた。

「何か手伝おうか?」

「大丈夫! 一から百までやらせてくれ。でないと一人で作ったって言えないし」

袋から食材を取り出し、手を洗う。帷は急に不安になったのか、台所にやってきた。


「やる気満々なのは有り難いけど、包丁の持ち方は大丈夫?」

「それぐらいは大丈夫だよ」

「油はフライパンを熱してから入れるんだぞ」

「分かってる! テレビでも観て待ってなさい」


料理はしないけど、彼が心配してる最低限の知識は持ってるつもりだ。

落ち着かない帷を居間へ追いやり、早速しょうが焼きの調理に取り掛かる。

結果として、中々美味しそうにできたと思う。スマホという文明の利器のおかげだけど、誰でもできる! しょうが焼きの作り方で検索して、レシピ通り忠実に作ったからだ。


そもそもシンプルな料理だし、普段からやってればレシピ調べるほどでもないんだろうけど、俺の中では超大作である。キャベツの千切りを添え、味噌汁をつければ、立派な定食に見えた。




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