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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
炎天下

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#4



ところが帷はむしろ申し訳なさそうに首を傾げた。

「そりゃ、お互いまだよく知らないんだから、訊くのは当然だろ。謝ることなんか何もない」

「でも……」

「大丈夫。むしろ知ってほしいし……俺も、お前のこともっと知りたい」

視線が交差する。優しいのに強い光を宿した瞳に見つめられ、心臓が跳ねた。


不思議だ。帷と見つめ合うと、胸が熱くなる。

何も考えたくないと思ってしまう。時を止めて、このまま、ただぼんやり、肩を並べていたくなる。

けどそれはとても危なっかしくて、許されないことのように感じた。


「……でも、言いたくないことは言わなくていいよ」


感電してしまったみたいに、右手が痺れる。箸を持つのも躊躇っていると、帷は焼きナスを菜箸で取り、俺の前に差し出した。


「本当に。どうしても聞き出したいことは、どんな手を使っても聞き出すから」

「ちょ。怖いぞ」

「あははっ。ほら、口開けて」


仕方なしに口を開ける。はからずも「あーん」が成立してしまい、顔が熱くなった。

男同士なのになぁ。変なの。


完璧なのにどこか儚い。帷という青年の一面が垣間見えた夜だった。


俺も彼に言えないことがある。見せられない顔がある。

ただ、それでも一緒にいたい。


「帷」


食事を終えて洗い物をした。俺が皿を洗って、帷が拭く。その繰り返しの中、思い切って声を振り絞った。


「また。いや、……まだまだ、お前の作った飯が食べたい」


完全にいち個人の願望。言ってから、しまった、と焦燥感に襲われた。

食費は多めに出してるけど、いくらなんでも身勝手だよな。

内心頭を抱え、うわー、帰りたい!と叫びたくなった(どこに?)。


「すみません。今言ったこと忘れてください……」

「いいよ。連絡くれたら、教習なくても作りに来る」


は。

聞き間違いかと思った。危うく皿も落としかけるところで、慌てて蛇口の水を止める。

隣を見ると帷はいつもの真顔のまま、俺のずり落ちてる袖をまくった。

「お前の食べっぷり見てると、作り甲斐あるしな」

「ほんと? 迷惑じゃない?」

「迷惑なら、こんな何度も来てないって。むしろ俺がお邪魔してる方が迷惑だろ」

「んなわけないっ! 嬉しいよ!」

恥ずかしかったけど、全力で叫んだ。帷と一緒にいたいから、ジェスチャーまで交え、無我夢中で続ける。


「俺この家に引っ越してから、ずっと独りだったんだ。いつも疲れてるから、誰かと遊びに行ったり、自分から関わる気にもなれなくて……久しぶりに話したいと思ったのが、帷なんだよ」


本当です、と付け足して俯く。

意思表明のはずが謝罪会見みたいになってしまい、自分でも謎だった。

「だから、その……っ」

「そ、っか。よくわかったよ。ありがとな」

頭の上に、ふわっと何かが置かれる。気付けば、帷に優しく頭を撫でられていた。


「ここに来ていいってことは分かった」

「う……ん」


来ていい。っていうか、来てほしい。

なんてことは言えるわけもなく。……俺自身、ここまで帷に執着する理由が分からなかった。


でも帷は、俺の願いを汲み取ってくれた。誰よりも正確に。誰よりも優しく。

これは光だ。……陽だまりのような存在。


帰る際、帷はまた色々なところをチェックして、俺の方に向いた。

「じゃあな。ちゃんと戸締まりして、暑いから冷房つけて、でも腹出さないように気をつけて」

「オケオケ、承知した。お前も、帰り気をつけろよ? ……頼むから」

結局一緒に外へ出て、階段を降りる。

別れる時は必要以上に心配してしまう。これはもう一生治らないかもしれない。

相手が帷じゃなかったとしても。誰かを送り出す時は思い出してしまうのだ。


─────行ってきますと言って、帰ってこなかったひとを。


「あぁ。最近は物騒だからな」


俺がしていた心配とは別だけど、帷は腑に落ちたように頷いた。

「でも、ありがと。またな」

「うん。また……」

軽く手を振る。帷は歩き出し、歩道に曲がる道へ向かった。


「……」


彼がどんどん遠くなる。

その光景を眺めていたら、気まで遠くなりそうだった。

怖いぐらい巨大な闇にのまれて、音も光も奪われる。

怖い。

今すぐ部屋の中に逃げ込みたかったけど、そんな気力もなくて。崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。


大学生にもなって何してんだろ、俺。

膝を抱えて俯いたとき、目の前の砂利を踏む音が聞こえた。


何だ?


確認しようと顔を上げるも、寸前で止められる。

立ち上がることはもちろん、身動きもできない。小さく縮こまっていた俺を上から強い力で抱き締めたのは─────帰ったはずの帷だった。


「と、帷? 何で戻って」

「ああ。……何でだろ」


彼も分からないのか、耳元で不思議そうに呟く。

そして俺の頭を優しく撫で、掠れた声で笑った。


「でも……お前、今にも泣きそうな顔してたから」


無人の空き地で、互いにしゃがみ込んでいる。人が通りかかったら不審に思われそうだけど、気にする余裕はなかった。

「……っ」

最悪だ。泣くつもりなんて全然なかったのに……帷が戻ってきてくれたことが嬉しくて、涙が零れた。


「よく分かんないけど。大丈夫だよ、迎」


泣き顔を見られたくなくて、彼の胸に顔をうずめる。結局すがりつくような形になってしまったけど、帷は何も言わずに抱き寄せてくれた。

無理やり顔を見ようとしないし、どうしたのか訊くこともない。ただ優しく背中を叩き、「大丈夫」と繰り返した。


俺もその優しさに甘えて、子どもみたいに泣いてしまった。


こんなのおかしい。あり得ない。

ぐだぐだながら何とかなってたはずなのに。帷がいなくなった途端、「寂しい」なんて。


「……落ち着いた?」


涙は出尽くした。帷の胸元は俺のせいでぬれてしまっている。


申し訳なさに押し潰されながら頷くと、彼はホッとしたように笑った。

「良かった。……部屋まで一緒に行くから。立てるか?」

差し出された手を取って、彼と部屋まで戻った。気まずくて恥ずかしくて発狂しそうだったけど……俺はもう、この時既に理性が飛んでたんだろう。


頭がおかしくなっていた。

玄関に入ってすぐドアの鍵をかけ、帷の手を握る。


「ごめん。もうちょっとだけ……こうさせて」




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