#3
大学生ってもっと輝いてると思ってた。夢のキャンパスライフ、サークル活動。たくさんの人と関わって、キラキラしたモンだと。
しかし現実は山のような課題に追われ、友人も中々できず、バイトを始めたら睡眠時間も確保できない。私生活は乱れる一方。
『こんなはずじゃなかったんだ!』
ドラマの再放送で俳優が叫んだ言葉に、迎は「わかる」と頷いた。
「こんなはずじゃなかったんだよ。入学した時はな。もっと青春できると思ってたし、下手したら起業できちゃうかな、とか考えてた。何にもアイディアないのに」
「しかも休み過ぎて、単位落としかねないんだろ? 奨学金借りてんだからちゃんと行けよ」
自宅の六畳の居間で、的確なツッコミを入れる存在。
そうだ。そういや最近変わったことがある。どん詰まりのような俺の人生に現れた、お手本のような優等生。
帷幸耶。彼と過ごす時間が、今の唯一の癒しだ。初めて会った日から二週間。今日は四度目の来訪。
「奨学金返すのは絶対大変だって。課題、本当にやばかったら手伝うから」
「帷……ありがとう。何か俺、お前は二十年来の親友の気がしてる」
「まだ二十年も生きてないだろ」
視界に入れてるだけで自分まで頭が良くなったように錯覚する、インテリ大学生の帷。
しかもイケメン。今観てるドラマの俳優もかなりの美形だが、リアルはまた特別だ。
帷は時計を見ると教本を閉じた。教習所だと集中できないようで、俺の家でいつも勉強している。
根が真面目なんだろう。彼ならあっという間に試験をパスして、すぐ卒業できちゃうだろうな、と思った。
「そろそろ時間だから行くわ」
「あぁ、頑張って!」
立ち上がった帷の後を追い、一緒に外へ出る。
「何かさ、こうやって家から見送ってると同棲してるみたいで面白い。ははっ」
「同棲ねえ……」
彼は首を傾げ、それから俺の額を指で押した。
「じゃ、教習終わったらまた戻ってきていい? 夜飯作るよ」
「心よりお待ちしてます」
また帷の美味い手料理が食べられる。そう思ったら無心で頷いた。
帷は楽しそうに笑い、また後で、と言って目の前の教習所へ歩いて行った。
わあ。夜が……いや、あと二時間が待ち遠しい。
思わずスキップしそうなのを堪え、踵を返した。
「……」
二階の部屋へ戻ろうとしたが、ふと思い立ってアパートの裏側へ回った。裏は駐車場になっており、車を十台ほど停められるようになっている。
一番奥まで歩き、白いセダンの前で足を止めた。少しだけ屈んで、開いているサイドミラーをたたむ。
「……何とか生きてるよ」
どん底に落ちて、もう終わりだと思ったけど。存外しぶとく生きている。
ぽつりと零した誰も知らない独白は、外の熱に負けて蒸発した。
◇
夜、帷が作ってくれたのは豚のスタミナ丼だった。野菜も取るように、とトマトのマリネと夏野菜のソテーも用意してくれた。
栄養について滔々と語る時は母親みたいなんだけど、それすら聞いてて楽しい。
店で食べるのと変わらない味にも感激した。
「美味い……」
「まだあるから、好きなだけ食べろよ」
「ありがとう。俺もう、帷がいないと生きてけないわ」
白飯を頬張りながら言うと、帷は一瞬固まった。
「そういうこと、軽々しく言うなよ」
「軽々しくない! 本気で言ってる!」
「本当にお前は……」
帷は頭が痛そうに、ぶつぶつ文句を言ってる。
俺は麦茶を飲み干し、ずっと気になっていたことを訊いた。
「帷は何でそんな料理上手いの?」
自分が壊滅的にできないだけで、最近は料理ができる男性も多い。けど帷は凝った料理や、スイーツも難なく作る。
ただ少し、機械的な印象を受けた。誰かの為に作ることが当たり前、とでも言うような。
答えてもらえないような気がしたが、帷は空になったグラスに麦茶を注ぎ足し、俺に差し出してきた。
「……母親が、料理研究家だったから」
「へぇ、すご! お母さんから教わったんだ!」
それなら納得だ。今でも時々教わってるんだろうか。
「片親で、大黒柱だったから手伝いをしてただけだよ。作り方は、見て勝手に覚えただけ」
「ふうん……それでこんな美味いもん作れるなんて、やっぱりすごいな」
頬をパンパンにしながら言うと、帷は自身の膝に頬杖をついて笑った。
「そんなに喜んでくれたの、迎が初めてだよ」
「うっそ。他の家族も喜んでくれただろ?」
「どうかなー。母親には一度も作らなかったし、兄貴はいるけど仕事忙しくて中々帰ってこないから」
ほとんど一人暮らしみたいなもんだよ、と付け足し、彼も飯をかき込んだ。
なんてことないやり取りだったのに、急に嫌な胸騒ぎがした。
変な予知能力でも身についてしまったのかもしれない。そう思うほどに、息が詰まる。
「あのさ。……その、……お母さんは?」
帷は以前、実家暮らしと言っていた。なのにほとんど家に一人でいる、というのが引っ掛かる。
踏み込み過ぎかもしれない。彼が少しでも嫌がる様子を見せたら、この話はフェードアウトさせようと思った。
でも彼は肩を竦めて、淡々と答えた。
「もういないよ。車で事故ったんだ。……全然寝てなかったし、疲れてたんだと思う。他に人を巻き込んだりしなかったから、それは不幸中の幸い」
……っ。
頭の中が真っ白になる。
なんて声をかければいいのか分からなかった。
大変だったな、とか、辛かったな、……とか。たくさんあるけど、それらが適切なのかどうか、正直よく分からない。
俺自身、そう言われる度に愛想笑いしかできなかったから。
「迎」
「っ!」
目の前に手を差し出されて、ビクッとする。あからさまに驚いたせいで、帷は困ったように笑った。
「大丈夫か? 急にすごい汗かいてる」
「あ……」
彼に言われて気付いたけど、確かに額からは汗が伝っていた。慌てて腕でぬぐい、首を横に振る。
「大丈夫。……それよりごめん。辛いこと訊いたりして……!」
大切なひとを失う。それは思い出すのも辛いことだ。無遠慮に触れてしまったことに凄まじい罪悪感を覚える。
「本当にごめん……」




