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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
炎天下

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3/19

#3



大学生ってもっと輝いてると思ってた。夢のキャンパスライフ、サークル活動。たくさんの人と関わって、キラキラしたモンだと。


しかし現実は山のような課題に追われ、友人も中々できず、バイトを始めたら睡眠時間も確保できない。私生活は乱れる一方。


『こんなはずじゃなかったんだ!』


ドラマの再放送で俳優が叫んだ言葉に、迎は「わかる」と頷いた。


「こんなはずじゃなかったんだよ。入学した時はな。もっと青春できると思ってたし、下手したら起業できちゃうかな、とか考えてた。何にもアイディアないのに」

「しかも休み過ぎて、単位落としかねないんだろ? 奨学金借りてんだからちゃんと行けよ」


自宅の六畳の居間で、的確なツッコミを入れる存在。


そうだ。そういや最近変わったことがある。どん詰まりのような俺の人生に現れた、お手本のような優等生。

帷幸耶。彼と過ごす時間が、今の唯一の癒しだ。初めて会った日から二週間。今日は四度目の来訪。


「奨学金返すのは絶対大変だって。課題、本当にやばかったら手伝うから」

「帷……ありがとう。何か俺、お前は二十年来の親友の気がしてる」

「まだ二十年も生きてないだろ」


視界に入れてるだけで自分まで頭が良くなったように錯覚する、インテリ大学生の帷。

しかもイケメン。今観てるドラマの俳優もかなりの美形だが、リアルはまた特別だ。


帷は時計を見ると教本を閉じた。教習所だと集中できないようで、俺の家でいつも勉強している。

根が真面目なんだろう。彼ならあっという間に試験をパスして、すぐ卒業できちゃうだろうな、と思った。

「そろそろ時間だから行くわ」

「あぁ、頑張って!」

立ち上がった帷の後を追い、一緒に外へ出る。


「何かさ、こうやって家から見送ってると同棲してるみたいで面白い。ははっ」

「同棲ねえ……」


彼は首を傾げ、それから俺の額を指で押した。

「じゃ、教習終わったらまた戻ってきていい? 夜飯作るよ」

「心よりお待ちしてます」

また帷の美味い手料理が食べられる。そう思ったら無心で頷いた。

帷は楽しそうに笑い、また後で、と言って目の前の教習所へ歩いて行った。


わあ。夜が……いや、あと二時間が待ち遠しい。

思わずスキップしそうなのを堪え、踵を返した。


「……」


二階の部屋へ戻ろうとしたが、ふと思い立ってアパートの裏側へ回った。裏は駐車場になっており、車を十台ほど停められるようになっている。

一番奥まで歩き、白いセダンの前で足を止めた。少しだけ屈んで、開いているサイドミラーをたたむ。


「……何とか生きてるよ」


どん底に落ちて、もう終わりだと思ったけど。存外しぶとく生きている。

ぽつりと零した誰も知らない独白は、外の熱に負けて蒸発した。







夜、帷が作ってくれたのは豚のスタミナ丼だった。野菜も取るように、とトマトのマリネと夏野菜のソテーも用意してくれた。

栄養について滔々と語る時は母親みたいなんだけど、それすら聞いてて楽しい。

店で食べるのと変わらない味にも感激した。

「美味い……」

「まだあるから、好きなだけ食べろよ」

「ありがとう。俺もう、帷がいないと生きてけないわ」

白飯を頬張りながら言うと、帷は一瞬固まった。


「そういうこと、軽々しく言うなよ」

「軽々しくない! 本気で言ってる!」

「本当にお前は……」


帷は頭が痛そうに、ぶつぶつ文句を言ってる。

俺は麦茶を飲み干し、ずっと気になっていたことを訊いた。


「帷は何でそんな料理上手いの?」


自分が壊滅的にできないだけで、最近は料理ができる男性も多い。けど帷は凝った料理や、スイーツも難なく作る。

ただ少し、機械的な印象を受けた。誰かの為に作ることが当たり前、とでも言うような。

答えてもらえないような気がしたが、帷は空になったグラスに麦茶を注ぎ足し、俺に差し出してきた。

「……母親が、料理研究家だったから」

「へぇ、すご! お母さんから教わったんだ!」

それなら納得だ。今でも時々教わってるんだろうか。

「片親で、大黒柱だったから手伝いをしてただけだよ。作り方は、見て勝手に覚えただけ」

「ふうん……それでこんな美味いもん作れるなんて、やっぱりすごいな」

頬をパンパンにしながら言うと、帷は自身の膝に頬杖をついて笑った。


「そんなに喜んでくれたの、迎が初めてだよ」

「うっそ。他の家族も喜んでくれただろ?」

「どうかなー。母親には一度も作らなかったし、兄貴はいるけど仕事忙しくて中々帰ってこないから」


ほとんど一人暮らしみたいなもんだよ、と付け足し、彼も飯をかき込んだ。

なんてことないやり取りだったのに、急に嫌な胸騒ぎがした。

変な予知能力でも身についてしまったのかもしれない。そう思うほどに、息が詰まる。


「あのさ。……その、……お母さんは?」


帷は以前、実家暮らしと言っていた。なのにほとんど家に一人でいる、というのが引っ掛かる。

踏み込み過ぎかもしれない。彼が少しでも嫌がる様子を見せたら、この話はフェードアウトさせようと思った。

でも彼は肩を竦めて、淡々と答えた。


「もういないよ。車で事故ったんだ。……全然寝てなかったし、疲れてたんだと思う。他に人を巻き込んだりしなかったから、それは不幸中の幸い」


……っ。


頭の中が真っ白になる。

なんて声をかければいいのか分からなかった。


大変だったな、とか、辛かったな、……とか。たくさんあるけど、それらが適切なのかどうか、正直よく分からない。


俺自身、そう言われる度に愛想笑いしかできなかったから。


「迎」

「っ!」


目の前に手を差し出されて、ビクッとする。あからさまに驚いたせいで、帷は困ったように笑った。

「大丈夫か? 急にすごい汗かいてる」

「あ……」

彼に言われて気付いたけど、確かに額からは汗が伝っていた。慌てて腕でぬぐい、首を横に振る。

「大丈夫。……それよりごめん。辛いこと訊いたりして……!」

大切なひとを失う。それは思い出すのも辛いことだ。無遠慮に触れてしまったことに凄まじい罪悪感を覚える。


「本当にごめん……」




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