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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
ひなたの君

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28/32

#1



「幸耶もおつかれ!」

「あぁ。……お父さんに会わせてくれてありがと」


幸耶は足を止め、かすかに笑った。

それがまた嬉しくて、目頭が熱くなった。自分のことのように喜んでくれる存在が傍にいること。それは、奇跡に近いことかもしれない。

夜なのに、陽だまりのような温かさを感じている。

幸耶がいると顔が火照って、ずっと夏みたい。

「あ〜……幸耶。……今日も泊まってく?」

「疲れてるだろ。今日は帰るよ」

「いやっ俺は全然疲れてないから大丈夫! お前が疲れてるんじゃないか、って思って」

ぶんぶんと手を振り、階段を指し示す。

「お……叔父さんから大量に貰った素麺消費しないといけないし」

引き止める言い訳には弱いと思ったけど、幸耶は吹き出し、横を通り過ぎた。

階段を一段上がり、振り向きざま俺に手を差し出す。


「ありがとっ。じゃ、一緒に頂くよ」

「……おう!」


その手を取り、二人で階段を上がる。

うだるような熱気が俺達を包んでいる。今思えば初めっから。

遠くに広がる淡い藍色は、目眩がしそうなほど綺麗で、それが幸耶の髪と重なっていた。





もうすぐだ。もうすぐ夏が終わる。


それと同時に、俺の青春も終わる。紙のカレンダーにバツ印をつけ、ひとりため息をついた。

幸耶と墓参りに行った日から数日が経ち、とうとう卒業検定の日を迎えた。


カーテンを開け、眩しい朝日に目を細める。


「来ちゃったなぁ……」


怖い。試験はもちろん、幸耶の結果が。


幸耶が受かったら全ておさまる。互いに大学とバイトに専念して、自然と離れていくだろう。

それが当然なんだけど、俺は一瞬だけ、とんでもなく最低なことを考えた。


試験を、一緒に落ちてしまいたい。

そうすれば幸耶はまだ俺の家に遊びに来て、一緒に教習所に通える。


─────会う理由を作れる。


「はぁ……」


両手で顔を覆い、重い足取りで洗面所に向かう。

コップには幸耶の歯ブラシがあったが、なるべく見ないようにして顔を洗った。

「よし! やるぞ!」

馬鹿なことを考えるのはやめだ。

絶対受かる。俺も、幸耶も。


ここで踏みとどまったら、生きる意味を塗り潰すようなものだ。そんなことしたら、未来の俺は今の俺を一生恨むだろう。

目の前のことに囚われないで、ずっと先のことに目を向けよう。


そこに幸耶がいないとしても、歩かなきゃいけない。……独りで生きなきゃいけないんだ。


服を着替え、鞄を持つ。仮免許証を持ち、駆け足で教習所へ向かった。

「あら。今日卒業検定よね? 頑張ってね」

「ありがとうございます!」

窓口の女性に鼓舞され、広間へ向かう。やや踵を浮かせて辺りを見回していると、背中を叩かれた。


「風月」

「幸耶。おはよ!」


良かった。お互い寝坊はしないで済んだみたいだ。

今日は互いに直接教習所へ向かい、心を落ち着かせることにしていた。

中の雰囲気はいつもとまるで変わらないけど、

何度も深呼吸し、神に祈る。

「あ〜〜緊張する。口から十二指腸が出そう」

「午前に外で運転して、午後は所内か。結果はすぐ出るけど一日がかりだから嫌だよな」

幸耶は苦笑し、壁の柱に寄りかかった。

さすがに彼は平常心だが、俺はため息しか出ない。


「そうだ、この前卒検落ちて泣いてる娘がいてさ。いやー、俺も落ちたら泣きたい。でも男が泣いたら引くよな?」

「いいや……と言いたいけど、…………そうだな」


とてもクールな返事が返ってきた為、エナジードリンクを一気飲みした。そして昔間違えて買った交通安全の御守りを翳し、ぶつぶつと呟く。

「守りたまえ祓いたまえ……」

「もう何に祈ってんのかよく分かんないな……」

周りには同じく試験を控えた生徒が集まってきていた。試験官は外部の人らしく、優しそうなおじいさんが多かった。


うぅ……。

本番に強いとは言え、さすがに緊張する。

とにかく急発進急ブレーキを避けて、自転車に気をつけて、黄色信号は止まって……。

頭の中でぐるぐる考えていると、不意に頬を突つかれた。


「かーづき。笑顔」

「……」


振り返ると、幸耶は笑っていた。

緊張しないのかよ……とツッコみたかったけど、彼の顔を見たら全身の力が抜けた。


あれほど試験のことで頭がいっぱいだったのに……今は彼に目を奪われ、動けずにいる。


あぁ。もう、好き過ぎてやばい。


彼と会わなければここには来られなかった。……ここまで来られなかった。


胸元に手を当て、深く息を吸う。父を亡くした日のことがフラッシュバックしそうだったが、何度も深呼吸して気持ちを落ち着けた。

大丈夫だ。幸耶がいるから。


「迎さん、いますか?」

「あっ、はい!」


名前を呼ばれ、急いで鞄を掛け直す。駆けようとしたが、慌てて幸耶の方を振り向いた。

「行ってくる」

「あぁ。頑張れよ」

軽くハイタッチして、彼と別れた。

怖い。合否の問題はもちろん、運転することが。


でも運転したい。相反する感情がせめぎ合い、俺の背中を押す。

担当してくれる試験官にお辞儀し、元気よく挨拶した。


「迎です。よろしくお願いします!」




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