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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
光の期日

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22/32

#5




「風月。訊きたいことがある」

「な、何?」

慌てて聞き返すと、彼は気まずそうに視線を膝に落とした。その横顔は影がかかり、夜にとけこんでいた。


「お前から言うまでは訊かないようにしてたんだ。その、人の事情にあまりずかずか踏み込むのはいけないと思って」


人の顔色や空気を窺う、彼らしい言葉。まだ遠慮してることも分かったから、思いきって前に乗り出す。

「言ってよ。俺は大丈夫だから」

幸耶の瞳の色が陽炎のように揺れている。それがまるでかつての自分のようで、胸が苦しくなった。

……いや、“今の”俺は違うか。

全て曝け出す覚悟はもうできている。


「幸耶に知られて困ることは、なくしたいんだ」


照れくさいことはもちろん、思い出すと胸が痛むことも。

彼とこれからも一緒にいる為に、ひとつずつ箱から取り出すことにした。

幸耶はハッとした顔で俺を見て、「ありがとう」と零した。


「風月の家族のこと、……知りたいと思って」


それは小さくて、震えていて、本当に迷いながら出した声だった。

「言いたくないなら言わなくていい。前は、何が何でも聞き出すみたいなこと言ったけど……家族のことじゃないから」

「うん……」

自分でも触れないようにしていた心の穴。

怖くて閉じ続けていたけど……ようやく向き合える。


「全然。むしろ踏みこんでくれてありがと」


もっと前の俺だったら、こんな上向きな気持ちにはなれなかったかもしれない。

けど幸耶に会って、凍っていた心はほぐれていった。

今なら、笑顔で話せる。


「最初に幸耶の家族のこと訊いて、踏み込んじゃったのは俺の方だもん。もっとグイグイ来ていいんたよ」

「無理だって」


幸耶は吹き出した。ベッドに背を預け、足を伸ばす。

「……お前、俺が帰ろうとする度に寂しそうにしてたし」

「う……」

大泣きしたことがあるし、否定はできない。でも恥ずかしくて、大声で叫びたい衝動に駆られる。

何とか心を鎮め、慎重に言葉を取り出していった。

「俺はさ。幸耶と逆で、お母さんがいないんだ。父親だけ」

ビー玉の入ったラムネを傾ける。きらきらと光が反射し、俺達の影を映した。

「母さんは俺を産んですぐ、病気で……だからずっと父さんと二人暮らしだった。がさつで適当で、とにかく騒がしくて。そんなだから寂しくもなかったんだよな。何か知らないけど料理は上手かったし」

でもそれ以外は父と息子の生活だから。ある程度お察しだと思う。

幸耶は静かに頷き、わずかに破顔した。

「仲良かったんだな」

「ん。不器用だけど、母親の分まで頑張ってる感じがした。全然休みないのに、たまの休日は必ずドライブに連れて行かれてさ」

眠い時まで叩き起こされるから、あの時は文句ばかり言ってしまった。今なら素直にありがとうと言えるのに。


不自然に黙ってしまったから、幸耶は苦しげに顔を歪めた。


「風月。お前の親父さんは……」

「うん。もういない」


察しのいい彼は、もう分かってるようだった。

俺が自分で一人暮らしを始めたのではなく、始めざるを得ない状況だったことを。


父は玉突き事故に巻き込まれ、命を落とした。

俺はその連絡を受けても何が何だか分からなかった。

そんな、という絶望と、まさか、という希望が綯い交ぜになった。記憶は飛び飛びだけど、父は大丈夫と信じ、叔父さん達と病院へ向かった。

でも父は、もう誰の呼びかけにも反応しなかった。


日常が壊れるのは一瞬。

そんな当たり前のことを、その時に思い知った。


「ほんとに突然、その日が来るだろ。だから俺も幸耶の話を聞いた時、息ができなくなりそうだった。一番辛いのは亡くなった人だけど、残された側も、生きてる限り後悔していくことになるから」

「風月……」


膝を抱えて俯くと、幸耶は徐に首を横に振った。


「話してくれてありがとう。……頑張ったな」


ぽんぽんと頭を叩かれる。

まさかそこで労いの言葉を貰えるとは思ってなくて、笑ってしまった。

大変だったね、と言われることはあるけど、存外嬉しかった。というか、

「幸耶も、頑張ったじゃん」

「いや。俺は兄貴がいたから、複雑なことは代わりにやってもらえた。家もそのまま住めてるし」

でもお前は違うんだろ? と前髪を持ち上げられる。

「そうだな。引っ越して、何も整理できてない状態だった。大学入って数カ月……教習所もあとちょっとだったのに」

力なく肩を落とし、天井を見上げる。

「俺が免許とったら、親父をドライブに連れて行こうと思ってた」

「そうか」

「うん。でも事故の後、教習所に行けなくなった。行こうとすると足が竦んで……親父のことを考えちゃって」

引っ越し先を探していた時、たまたま教習所の目の前に安いアパートがあるのを見つけた。早急に引っ越さないといけなかったから、教習所にも通いやすいと思い部屋も借りた。

いずれは大学の近くにまた引っ越してもいい。今は一旦、父親の遺品や家財をまとめる必要があった。

「そんで結局不登校。何か、もういいか……って諦めてた」

でも、幸耶と出会い、その気持ちは変わった。


「お前が家に来てくれるようになって寂しくなくなったし、また教習所にも通おうって思えた。だから俺、お前には感謝してもしきれないんだ」


父はもういないけど、自分が行きたいところに運転して行きたい。

そしていつかは、幸耶とも一緒に。

「お前も、ほとんど変わらない時期にお父さんを亡くしてたんだな。それなのに押さえ込んでたのか」

「うん……まぁ俺は、元々がいい加減だから。急がなくていいことは今も先延ばしにしてるし、大丈夫だよ」

ただのメンタルの問題、と言うと、さっきより近くに引き寄せられた。正面を向いたまま、隣り合わせで密着する。


「メンタルが一番でかいだろ。無理すんな」

「幸耶……」

「限界きてるときは休まなきゃいけない。……教習所なんか行ってられないよな。何も知らないで余計なこと言って、すまなかった」

「いやいや! 話してないんだから当然だろ! 俺としては、もう慰めてもらうのも疲れてたっていうか……極力明かさないようにしてたから、いいんだ」


むしろそこまで察していたら怖い。

全力で否定するも、幸耶の顔はまだ辛そうだった。


「お前が泣いた夜も、やっぱりお父さんのこと?」

「……」


そっと髪を梳いて、彼は囁いた。

それほど遠くない記憶が蘇る。家に帰ろうとした幸耶を引き留めた、あの夜。


「……どうかな。確かに、毎日孤独で……先の見えない不安には駆られてたけど」


それだけではないように思う。

久しぶりに話の合う友人ができて、静まり返っていた家が賑やかになって。心から笑ったのは、父を亡くして以来初めてだった。

にも関わらず、幸耶と別れる際にどうしようもない孤独感に襲われた。


誰といても埋まらない穴。それを埋めてくれたのは幸耶で、……彼じゃないと駄目だった。


「できれば引かないでほしいんだけど。あの日はただ、幸耶が帰っちゃうことが……寂しかった」

「お前……」


すごく恥ずかしかったけど、意を決して告白した。

恐る恐る隣を見ると、案の定彼は顔を手で覆っていた。

「じ、自分でも分かってる。寂しくて泣くとか、情けないしダサいって!」

「いや……馬鹿にしてるとかじゃない。そうじゃなくて……」

幸耶は少しだけ手をどかす。その下の頬は、熱でもあるんじゃないかってほど真っ赤だ。


「帰ってほしくないって思われてたことが、シンプルに嬉しい」

「幸耶……」




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