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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
炎天下

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#2




カチ、カチ、と、規則的に進む時針の音。

それだけならいつものことだけど、蛇口から流れる水の音に違和感を覚えた。

あれ、水流しっぱなしになってる……? 止めてなかったっけ。

「っ!」

反射的に飛び起きると、キッチンの方から物音がした。寝ぼけ眼で向かうと、そこにはシンクの周りを掃除している帷がいた。


「ああ、起きた?」

「……すまん。休んでって言った俺が寝てたな……」


壁に手をつき、思わず高い声を上げる。

「えっ! 皿洗ってくれたの?」

シンクにためていた洗い物が一つもなくなり、全て水切りトレイに入っている。感動しつつ、同時に血の気が引いた。


「具合悪かったのに、そんな動いて大丈夫?」

「大丈夫だよ。お前が寝た後、俺もしばらく横になってたし。今はぴんぴんしてる」

「はああ……ありがとう。ごめんな」


「全然」と言って帷は手を拭き、荒れ放題だったテーブルも拭いてくれた。あまりに慣れているから、普段から家事をしてるんだろう。密かに感心してると、彼は部屋の隅に積み上げられたゴミ袋を見て、神妙な顔で尋ねた。

「いつも何食ってんだ?」

「色々食ってるよ。カップ焼きそばだろ、それからカップ麺のしょうゆ、味噌バター、とんこつに担々味」

「バリエーション豊かだけど、体壊しそうだな……」

帷は逡巡したのち、鞄を持ってドアへ向かった。

「ちょっと出掛けてくる。また戻ってきてもいいか?」

「えっ。いいけど、倒れない? むしろ一緒に行こうか?」

財布とスマホをポケットに突っ込み、彼の方へ駆け寄る。すると彼はどこか嬉しそうに口角を上げた。


「付き合ってくれるなら助かる。買い物行こう」


会ったのはせいぜい数時間前なのに。

名前しか知らない青年と、カートを押して食品売り場で買い物してる。いささか非現実的で、逆に笑えてきた。

自宅近くのスーパーはわりと安いことで知られているが、こんなにじっくり買い物したのは初めてかもしれない。帷は野菜の選び方を熟知していて、丁寧に教えてくれた(でもほとんど右から左に流れていった)。


「迷惑かけたから、飯作るよ」


家に戻ると、帷は台所に立ち、手際良く調理を始めた。

料理系男子だったか……。またまた密かに感心しながら、彼の隣に並んだ。

「むっちゃ有り難いけど。迷惑なんかじゃないのに」

「うーん。……じゃ、世話になったから」

帷はこちらを見ず、鍋の水を沸騰させた。


「お前、俺が女だったらやっぱり声かけてた?」

「お、おぉ。具合悪そうにしてたら、もちろん」

「そうか。そうだよな」


どこか可笑しそうに返し、帷は俺の方を向いた。


「お前はただの善意だろうけど。それされたら多分、大抵の娘は落ちると思うぞ」

「あはは! どうかな〜。告られたことないし」


女友達は多いけど、実は恋人がいたことがない。彼氏にするには頼りないと思われてるのだろう。

そう思ってひとり頷いていたが、帷は腰に手を当て、真剣な表情で告げた。


「実は今まで何度も告白されてたんじゃないのか。自分が気付いてないだけで」

「そこまで鈍感じゃないよ」

「そ。ま、俺は助かったから良いけど」


助かった……?

その言葉の意味が分からなかったけど、ツッコむタイミングを逃してしまった。

それからはただ、料理を作る帷を盗み見て。野菜たっぷりの、めちゃくちゃ美味しいシチューを一緒に食べた。

「美味い!!」

「良かった。いっぱい作ったから、明日の朝ご飯にしな」

「マジか……ありがとう! 久しぶりに手料理食った……」

感動しながら、焼きたてのパンと一緒にシチューを食べる。帷は少食で、ほとんど俺が食べてる姿を黙って眺めていた。


「もうこんな時間か。そろそろ本当に帰るな」

「え。あ、そうか……」


壁にかかった時計を見ると、もう二十ニ時近い。こんな時間にひとりで帰らせることが、逆に不安になってきた。

「な、なぁ。タクシー呼ぼうか? 金は俺が出すから」

「大丈夫だよ」

玄関で靴を履く帷に、しどろもどろに話しかける。

不思議だ。何で俺、こんな必死に……彼を引き止めようとしてるんだろう。


よく分からないけど、これで完全にお別れになるのが嫌なんだ。もっと彼と話したい。もっと知りたい、と思ってる。


いっそ泊まっていけば?


なんてことを、平気で考えてる。だがさすがに引かれそうで、口にすることはできなかった。

ドアを開けて、帷と一緒に外へ出る。夜とはいえ、やはり真夏。生温かい風が吹く熱帯夜だった。

「ここでいいよ。もう家入りな」

「うん……」

「心配してるなぁ。ハムスターみたい」

「ハム……!?」

どういう例えなのか分からず、硬直する。

そんな俺を見て、帷は口元を押さえ、肩を揺らした。こっちは本気で心配してるのに、何だか温度差が激しい。

思わず頬を膨らまし、彼に抗議した。

「心配すんのは普通だろ! 昼間には死んだ顔してる奴拾ったんだから!」

「あはは、そりゃそうか。はー……こんな笑ったの久しぶり」

帷はポケットに手を入れ、静かに空を見上げる。そしてゆっくり俺の方に近付き、秘密を打ち明けるように囁いた。


「でも、あんま知らない奴に入れ込むなよ。俺からしたら、お前の方がずっと危なっかしい」

「……」


割れ物に触れるかのように、そっと頬を撫でられる。指先が掠めた程度なのに、チリチリと痛んだ。

いや、この痛みは胸の方かもしれない。

「大丈夫だよ。……お前がいるうちは、守ってくれるんだろ?」

「ん? ……あぁ、もちろん」

「じゃあ頼む」

家の中からメモの切れ端を取ってきて、迎は自身の電話番号を書いた。それを帷の上着のポケットに突っ込む。


「教習所、まだ通うんだろ? 来る時は俺の家に遊びに来いよ。スマホ充電できるし、お菓子も飲み物もタダだから」

「ふはっ。休憩所ってこと?」

「そう」


即答すると、帷はそうだなー、と言って瞼を伏せた。

また会いたい。ただそれだけの気持ちで、繋ぎ止めようとしている。


俺はなんて悪い奴なんだ。

自己嫌悪に苛まれながら、外廊下の手すりに手をかける。

怖々しながら反応を待っていると、帷は鞄から取り出した眼鏡を掛け、笑った。


「オーケー。また来る。……ついでに、教習所に行くよ」

「逆だろ? 教習所ついでに来るんだろ」

「あはは、そうだな。間違えた」


メモを入れた方のポケットに手を入れ、帷は階段を降りていく。俺はその場に留まって、上から彼を覗き込んだ。


「またな、帷。おやすみ」

「ん。……おやすみ」


軽く手を振り、彼は去っていった。姿が見えなくなった後もしばらく竚んで、夏の暑さを感じていた。

いや、本当に熱い。

でも帷がいなくなってから、ようやく息を吸うことができた。





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