#2
「風月。ハンバーグ、洋風と和風どっちがいい?」
ちなみにおろしポン酢かデミグラスソースな、という声が台所から聞こえた。
洗濯物を畳みながら、再び訪れた幸せに深く息をつく。
「デミグラスで頼む!」
「了解」
幸耶が家に来るようになり、また一週間が過ぎた。
大学は夏休みに入り、幸耶は教習所に行く日が増えた。もう高速教習も終えたので、あと数回実技教習を受ければ卒検だ。
早いなぁ。俺が通ってた時、こんなにあっという間だったっけ。
三カ月不登校してたからボケてるのかもしれないけど、幸耶の進み具合の速さにビビってしまう。
俺も幸耶も無事に卒業できたら万々歳。だけど……心のどこかで、その時が来るのを恐れている。
「いただきまーす」
「召し上がれ」
幸耶が作った美味いご飯を食べて、二人で勉強して、ゲームして。彼と出会ってから、ある意味毎日が夏休み。
今まで手をつけなかった家計のことや、将来のことを考え始めていた。
「幸耶はさ……マジで将来就きたい仕事ないの?」
「今のところはな。でも、できれば手堅い方にいきたいな。若い時に金貯めて、老後はのんびりしたい」
「もう老後のこと考えてんのか。早いなー」
確かに、二十歳を過ぎたら後は老いてくだけと言う。ても二十代はまだピチピチ世代だと思うし、仕事も大事だけどいっぱい遊ぶべきな気もする。
難しい……とりあえず一年生だからとうかうかしないで、自分が進みたい業界ぐらいは考えとくか。
幸耶が作ってくれたハンバーグは、やっぱり店で食べるのと同じぐらい美味かった。
「風月はどう? なりたいものある?」
「なりたいもの……働かないでいい金持ち」
「アホ。職種を訊いてるんだよ」
食後、テーブルに問題集を広げていたが、集中力が切れてしまった。最近人気のお笑い動画を見ながら、左手を握ったり開いたりする。
「職種……うーん……まぁ計算は嫌いじゃないし、技術系も良いかも。それこそ車関係とか」
今までは絶対ないと思ってたけど、考えが変わってきている。そのことに自分自身も驚いた。
幸耶は目を丸くし、コーヒーを淹れる。
「……そうか。もしかして作る方?」
「まだ全然考えてないよ。……でも、よく考えたら免許持ってなくても作る側に回れるのか」
それもいいな、と言って手を開いた。
「うん。……ところでさっきから何してんだ?」
「しばらく乗ってないからクラッチ忘れないようにしてんの。あ〜あ、運転は好きだけど試験が憂鬱」
「あぁ、お前マニュアル選んだのか。そりゃ大変だ」
「幸耶はオートマなの?」
「ああ。乗りたい車がマニュアルなら仕方ないけど、そうじゃなきゃ売ってんのもオートマばっかなんだし。年取った時なんか絶対オートマしか乗りたくないと感じるぞ」
うは。びっくりするぐらいの模範解答が返ってきた。
「レンタカーでも何でも、もう全然マニュアル車に出会わないじゃんか」
「幸耶、マニュアルにロマン感じないのかよ。あのめんどくささが良いんだろ」
エンストした時は恥ずかしいけど。隣に彼女を乗せてたら、ドン引きされること間違いなしだ。
「風月は案外形から入るっていうか……体裁を気にするよな」
「う、うるさいな! いいだろ別に!」
幸耶が子どもを見るような目で見てきたから、必死に言い返した。
くそ、恥ずかしい。こっちが意地張ってるみたいになって、顔が熱かった。
「ははっ。ま、頑張れよ。さっさと免許とって、大学の方に集中しないと」
「……あぁ」
そう。
だけど、どうしても暗くなってしまう。
せっかく幸耶と一緒にいられるようになったのに。……終わりが来てしまうことを考えたら。
「……」
幸耶は静かにコーヒーを飲んでいたが、急になにか思い出したように指を鳴らした。
「風月、明日の夜って暇?」
「うん? ええと……あ、暇」
スマホのカレンダーを開いて頷く。どうしたのかと見つめ返すと、幸耶はしたり顔で人差し指を立てた。
「やった。じゃ、また夏らしいことして遊ぼう」
夏らしいこと。
弾んだ声で笑う彼に頷きつつ、頭上にはハテナが浮かんでいた。
遊ぶのは大好きだから、断る理由はない。幸耶がいるなら尚さら。
翌日の夜、幸耶に連れてこられたのは町内会が開催してる盆踊り大会だった。
盆踊りが主体だけど、俺達の目当てはやっぱり屋台。これこそお祭り感があって、テンションは爆上がりだ。
「規模は小さいけど、色々あるし充分だろ?」
「うん! うわ〜、美味そうな匂い……もう全部制覇したい!」
「あはは。ひとつずつ見ていこうな」
ここは幸耶の地元らしい。小さい時によく訪れていたが、お祭りに来たのは数年ぶりだと言っていた。
「家族で来たこともある」
幸耶は金魚すくいをしてる子ども達を眺め、ふぅと息をこぼした。
「無条件で楽しい気持ちになれる場所って良いよな。俺にとっては、夏祭りがそう」
「そっか……」
控えめに微笑む幸耶の横顔は寂しそうで、切ない気持ちになった。
彼にとってここは、家族の思い出が蘇る特別な場所なんだ。
なら、その思い出も守ってあげたい。幸耶がもっと、幸せな気持ちを思い出せるように。
「俺でよければ、何度でも付き合うよ。来年も、再来年も」
花火の時と同じように、小指を出して約束する。幸耶は頬を赤らめ、照れくさそうに小指を出した。
陽気な祭囃子。子ども達の笑い声。食べ物を焼く音。
ただここにいるだけで、本当に楽しい。日本人に生まれて良かったと思える、夏の代表格かもしれない。
「焼きとうもろこしに、いか焼き、かき氷と……あっ、あと綿あめも食べよう!」
「わかったわかった。転ぶなよ」
お祭りでは胃袋がいつもの倍に伸びる気がする。結構食べてるのに、新しいものを見つけると飛びついてしまった。
「そういや、俺が昔住んでたとこは学校の運動会に必ず的屋さんが来たんだよね。だから運動会って、たこ焼きや焼きそばが食べられるイベントだと思ってた」
東京は違うんだなー、と言って綿あめを頬張る。
「それ、多分お前のいた地域が特殊なんだと思うぞ。運動会って、親が弁当作って持ってくるもんだから」
「そうか。色んなもん食べられて良かったんだけどな」
りんご飴も買い、幸耶に手渡す。すると口元を指でなぞられた。
「ソースついてる」
「ふあ、さんきゅ」
「ソース味のりんご飴になるぞ」
「それはやだなぁ……」




