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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
夜の花

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14/23

#7



そう言って笑うと、帷は興味津々で前に傾いた。

「向日葵か。良いじゃん。見に行きたいな」

「免許とれたら、いつでも見に行けるよ」

ソーダを飲みきって言う。本当は誰かと見に行ってほしいという想いで言ったのだけど、帷は静かに呟いた。


「それなら、一緒に見に行こう」

「幸耶……」


あまりに真っ直ぐ見つめられて、戸惑った。

そんな風に言ってくれたことが嬉しい。なのに、焼けるような痛みを覚える。


俺にとって向日葵は希望であり、……まだ絶望なのか。


グラスを強く握り、瞼を伏せた。時折フラッシュバックする眩い太陽に朦朧とする。

目眩が起きかけたものの、ぐっと堪えて頷いた。

俺は帷と会って変わった。だから、もっともっと強くならないと。


いつか帷と……向日葵を見に行けるように。


「うん。いつか、絶対行こう」


その約束は、俺が無理やり生きる理由にもなった。

これからも太陽を向いて歩かないといけない。

帷の笑顔が見られたらそれでいいと思ったのに、どんどんやりたいことがふえて、欲深くなっていく。ちょっと怖いけど、心は満たされていた。


「絶対だぞ」

「う、うん」


しかもこういう時に限って、何故か帷は念押ししてきた。俺のやることリストに、向日葵畑のイベントが足された。いつ叶うかは分からない。でもその日の為に、頑張って免許をとらないと。



それからと言うものの、俺は教本を引っ張り出し、本気で免許を取るために勉強した。

帷と一緒に教習所へ行き、自習室のパソコンで過去問を解きまくる。卒検は実技だから、今やってる勉強は本免の為だ。ひっかけ問題も多くて嫌になるけど、全ては帷とドライブに行く為。


……何か免許取る理由が、どんどん不純なものになっていってる。


我ながら呆れてしまう。俺は今、免許云々よりも帷と共通点を持っていたいだけなんだろう。

最低過ぎる。そう思いつつも、もう止まることはできなかった。


教習所に通い始めた時は、もっと軽い気持ちだった。スクール代はバイトで貯めたお金だったから絶対卒業する気持ちでいたけど……免許証は身分証明として便利だし、いずれ車も買うから、というシンプルなもの。


でも、ある日を境に教習所へ行くことができなくなった。


二カ月前の雨の日。俺の世界が粉々に砕け散った日。


今まで当たり前のように存在していた“日常”は、呆気なく終わりを迎えた。持っていたものを手放して、住んでいた家を移って。心が、魂が削られていった。


どうしようもなく独りだった。こんなはずじゃなかった、って何度思っただろう。

多分“あの人”も同じ気持ちだっただろう。何せ後悔する暇もなく、突然世界から弾き出されたのだから。


無理して生きる必要なんてないんじゃないか。本気でそう思った。

誰にも迷惑かけず、ただフラフラと、無気力に過ごして。それでもやらないといけないことが山ほどあって。

煩雑な手続きとか、引っ越しの準備とか、そんなことをしてたらあっという間にお金と体力が尽きた。


生きるのって本当に疲れる。────そう思っていた俺の前に現れたのが、帷だ。


帷は暗い世界を一瞬で灯してくれた。


最初はただ、辛そうな姿を見て力になりたいと思っただけだったのに。今は俺の方が、彼がいないと耐えられなくなってる。

帷がいないとマジでやばい。って笑ったら、彼は笑うだろうか。それともドン引きして離れていくだろうか。


どんなに考えても分からないから、本当の気持ちは隠していたい。救ってもらったことの感謝は伝えたいけど……これからも一緒にいてほしい、なんて身勝手な願望は絶対伝えられなかった。


「あれ。迎、免許とんの?」

「うん」


大学で教本を広げたのは初めてだったから、仲のいい友人が話しかけてきた。

松川という同じ一年の青年は、興味深そうに隣の席に座った。


「いーなー。俺もとりたいけど、親が自分の金でとれって。だからバイトして金貯めないと」

「そっか。合宿なら費用も抑えられるんだけどな。夏休みにとってきたら?」

「あぁ、それいいかも! ついでに可愛い女の子と連絡先交換して、仲良くなって……!」

「それは夢見すぎ」


苦笑して、必要な箇所に赤線を引く。しかし松川はテンションが高く、色々訊いてきた。

「しょうがないだろー。サークルやバイト以外で知り合うとなると、やっぱ限られるし。てか、教習所はどう? 気になる子とかいなかった?」

「気になるっていうか……そもそも、知り合いでもいなきゃ他の学生と喋る機会なんてないよ」

俺が真面目に通っていた時は、いつもぎりぎりで教室に入り、終わったらさっさと帰る。空き時間は休憩所で勉強したりしてたから、誰かと話す機会も必要もない。


「ひとりで入学したらマジで孤独。でも困らないけどね。高速教習だけは一緒に乗る子と仲良くなったりしたけど、それが限界」

「マジかー……全然青春できないじゃん」

「だから、青春する場所じゃないから諦めろ。教習所は心へし折られる場所だよ」


実際俺も車停めさせられて、しばらく教官に路肩で説教されたことがある(※ちなみにショック過ぎて何について説教されたのか一ミリも覚えてない)。


免許とって車を運転するということは、リスクと責任が伴う。

下手したら人の命を奪うのだから。下心を持って挑むなんて論外だ。


と、松川には言ったが……今の俺が教習所に通うのは、まさに幸耶という存在がいるからで。窘めておきながら、自分の最低さに辟易した。


マジで反省しろ俺。卒業することも、免許をとることも人生のワンステップでしかないんだ。そこに帷という動機を当てはめてはいけない。

「そうか〜。就活前のメンタルトレーニングだな」

彼はぼやきつつも、前傾して俺の隣に頬杖をついた。

「でも。ちょっと安心したよ。お前最近元気なかったから」

「え」

思わず声が裏返った。驚いて振り向くと、松川は困ったように笑った。

「暗い、とまではいかないけど、いつも疲れてたからさ。もしかして彼女できた?」

「かっ……! ち、違うよ」

即座に否定すると、彼は残念そうに口を尖らした。

恋人はできてないから、嘘ではない。そのはずなのに、何でこんなどきどきしてるんだろう。

頭の片隅に、ずっと幸哉の影がちらついている。


「まぁいいや。とりあえず試験頑張れよ」

「おう、サンキュー」


肩を叩き、松川は去っていった。

ふぅ。無駄に焦った。

幸哉のことは一旦忘れ、教習所のことを考えた。

メンタル補強されるのは間違いない。バイトしたことがない者は、恐らく最初にぶち当たる社会の壁だろう。


教習所って不思議な場所だ。年齢も立場も違う人達が集まって、黙々と勉強する。その目的も様々で、卒業したらまるで違う道へ向かっていく。高校や大学と同じぐらい、幅広い未来を描く場所な気がした。


俺達が学ぶのはルールと技術。身につけるのは咄嗟の判断力。

それがないと運転してはいけない。

何よりも大事なのはルールを守ること。その「当たり前」が、ハンドルを握るととてつもなく重い。


ルールを守ってたって巻き込まれることはあるし……車に乗ること自体、本来は非日常と思った方がいいのかもしれない。


ある日突然人生がひっくり返される。

俺も幸耶も、それを痛いほど知っている。


教本を閉じ、椅子を引く。天井を仰ぎ、深く息をついた。


幸耶……。


苦しいよな。

車で大事な人を失ってなお、免許をとろうと頑張るのは。


不安と恐怖、葛藤が付き纏い、正常な判断を鈍らせる。

誰かを傷つけるかもしれないと思う度、息が苦しくなるのだ。

ギアを変えることができず、俺は一度車から降りた。

もう乗ることはできないと思っていたけど……。


「よし。続きやろ!」


幸耶の覚悟が俺の背中を押す。何度倒れそうになっても、その度に手を差し伸べてくれる

強くて優しい青年を想い、ペン先を滑らせる。そして、今夜のご飯を予想しながら密かに笑った。




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