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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
夜の花

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13/23

#6



「幸耶、今日も迎君の家に泊まるんだろ? ちゃんと行儀よくして、迷惑かけないようにな」

「分かってるよ」


しおらしくしている帷はとても新鮮だ。二人のやりとりを見ながら、微笑ましい気持ちになる。

陽介さんは最後に一礼して帰っていった。


二人きりになり、しんとした外で隣り合う。

いつも二人だけなのに、何か緊張するな。

何を言おうか考えていると、大きなため息が聞こえた。

「悪い、迎。最近家に帰らなかったら、何か急に兄貴が騒ぎ出してさ……」

もう大学生なんだから良いだろって言ったんだけど、と彼は項垂れた。


「優しいお兄さんじゃん。何歳になっても帷が可愛くて、心配なんだよ」

「やめろ。ぞっとする」


帷は青い顔で自身の腕をさすっているけど、実際普通だと思う。

いや、普通と思っちゃいけないか。陽介さんがすごく温かいひとなんだ。

「弟を奪った女の顔をひと目見てやる! とかだったらどうしようと思ったよ。ま、俺みたいなグータラ学生の家に入り浸ってるのも心配だろうけど」

「馬鹿。ちゃんと学校行ってんだから、グータラではないだろ」

「そうかな? 家の中散らかってるし」

でも、いっとき程ではない。帷が来るようになってから、本以外は片付けるようになったから……そこは不幸中の幸いだ。


「……お前は頑張ってるよ」


帷は腰に手を当て、俺の方を向いた。

その顔はさっきと違い、とても優しい。

こんなことで一々どきっとしてしまうんだから、俺も末期だ。


「ありがと! ……それより暑いな。部屋に戻ろうぜ」


翻り、帷と階段を上る。部屋に入り、ぱっぱと皿洗いを始めた。

「そういや、帷のこと初めて名前で呼んだわ」

「あぁ……君付けされたとき鳥肌立った」

「仕方ないだろ! 陽介さんの前で苗字で呼ぶのも変だし!」

ぷりぷりしながら言うと、帷は「ごめんごめん」と言って吹き出した。


「君はいらないけど……ちょうどいいし、これから名前で呼べよ」

「へ」


蛇口の水を止め、振り返る。見ると、帷の頬はわずかに赤らんでいた。

「苗字でもいいけどさ。……俺も、お前のこと名前で呼んでみたいっていうか」

「マジ?」

「あぁ。でも嫌ならいい」

帷にしては珍しく歯切れが悪く、目を泳がせている。

こういう時の彼は本当に分かりやすい。

もっとぐいぐい伝えて、踏み込んでいいのに。そう思ってると、諦めたように顔を上げた。


「お前の名前。綺麗だな、って……ずっと思ってたんだ」

「……!」


男友達にそんな風に言ってもらったのは、初めてだ。

頭が一瞬真っ白になって、何度かまばたきした。


「ありがと。……何か照れるな」


名前を考えたのは母親だ。そう言うと、帷はお母さんセンス良いな、と笑った。

それもすごく嬉しくて、彼の隣で腕を伸ばした。

「俺達って苗字も名前も三文字だから、あんま変わらないよな。でも、これからは名前で呼び合おう!」

思いきって宣言すると、彼は少し恥ずかしそうに頷いた。


「あぁ。それじゃ……風月。よろしくな」

「うん。幸耶」


軽くハイタッチして、台所の明かりを消す。

帷を名前で呼ぶのが嬉しくて、意識しないとニヤニヤしてしまいそうだった。

変人と思われる前に直さないと。頬を両手で叩き、食後の飲み物の準備をした。

「幸耶。今日俺が買ってきた皿どうだった?」

「あぁ、大きくて使いやすかったよ。デザインも良いよな」

幸耶は椅子に座り、頬杖をつく。

「新しい食器があると、料理すんのもちょっとテンション上がる」

「ははっ。それなら良かった」

コーヒーをグラスに淹れて、氷を入れる。色が二層になるようゆっくり炭酸水を入れた。


「ほい、コーヒーソーダ」

「おぉ〜、オシャレじゃん。お前も変わったなぁ」


レモンを添えれば、まるでカフェのドリンクのような出来栄えだ。

「いや、レシピってすごいよな。忠実に作ればそれっぽく見えるんだもん」

「はは、確かに。……お、美味い」

コーヒーは砂糖を入れて甘みをつけてるから、かなり飲みやすいと思う。幸耶はストローで軽くかき混ぜ、感動したように頷いた。

「まず、お前が自主的になにか作ろうとしてることが嬉しい」

「うんうん。もっと褒めてくれ」

幸耶と対面するように腰掛け、爽やかなソーダを吸い上げる。


この何でもないひと時が大好きだ。楽しくて、温かくて……ずっとずっと続いてほしい。


「今まで、全然なにかを作る気になれなかった。自分の為だけに作るのが億劫だったんだよな」


しかも、上手く作れる自信もない。それなら出来栄えのものを買った方が絶対良いと思っていた。

でも今は違う。「作らなきゃ」という使命感ではなく、「作りたい」と思えている。


「今は幸耶がいるから……お前の為に作りたいって思うんだ」


何にでも挑戦して、何でも共有したい。独りの時なら考えられなかったことだ。


「お前……それ無自覚で言ってるんだよな?」

「え? 何が?」

「いや……何でもない。大丈夫」


何が大丈夫なのかも分からないが、帷は口元を隠して俯いた。

やばい。変なこと言ったから、引かれたのかな。

何回もやらかしてるから耐性はできてきたけど、内心ではめちゃくちゃへこんだ。

けど、帷はグラスを持ち上げ、急に目を輝かせた。

「……なぁ。もしかしてこのグラスも今日買ったの?」

「え? あ、うん!」

すっかり忘れていたけど、幸耶は新しいグラスに気付いてくれた。

今日お店で一目惚れした、向日葵が装飾されたグラス。コーヒーのおかげで、明るい黄色がより映えている。

帷はグラスを傾け、まじまじと眺めた。


「良いな。夏っぽいし、明るい」

「気に入ってくれた?」

「もちろん」


やった!

帷とお茶する為に買ったから、そう言ってもらえてすごく嬉しかった。


「幸耶、俺さ……花で一番好きなの、向日葵なんだ」

「へぇ。でも何となく分かるかも。お前ってダイナミックなもん好きそうなイメージ」

「どういうことだよ……単に昔向日葵畑に行って、感動しただけだって」


頬を膨らまして言うと、帷は可笑しそうに肩を揺らした。


「そうか。……でも、良いじゃんか。俺は向日葵畑って行ったことないよ」

「ほんと? じゃあ機会あったら行ってみ。暑いけど、一面の向日葵に囲まれんのは中々良いよ」




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