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強く、踏み込んで。  作者: 七賀ごふん
夜の花

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10/23

#3



夏休みだから、どこへ行くにも家族連れが多い。

久しぶりに近くのショッピングモールへ足を運ぶと、平日だというのにとても賑わっていた。

( のどかだ…… )

活気があるのに和む。迎は銀行で用事を済ませた帰り、モール内の雑貨屋を回った。

「ねー、このコップ欲しい!」

「はは。そうだな、そろそろ新しいのに変えようか」

小さな男の子と、隣で寄り添う父親。微笑ましい光景に癒やされつつ、胸の奥に小さな火が灯った。


あぁ。そうだ、そろそろお盆も来る。

忘れないようスマホのカレンダーに予定を書込み、リマインダーを設定した。タイトルはシンプルに、「お墓参り」として。


「……よし!」


ちゃっちゃと必要なものを買って、早く帰ろう。

「これ良いな……」

実は食器も、今の部屋を借りる前にほとんど捨ててしまった。ひとりで暮らすのにあまり荷物を持ちたくないと思ったのだが、そのせいで来客用の食器もない。

今帷に使ってもらってる食器はどれも統一性がなくて、やや年季も入ってる。せっかくだから新調して、帷専用の食器を買うことにした。


彼はどんな色が好みなんだろう。そういえば、あまりそういう話はしたことがない。


お母さんが亡くなって、今はお兄さんと二人暮らし。

小さい頃に両親が離婚した為、父のことは全く分からないと聞いた。

今通ってる大学はかなりの難関校だから、中学高校も真面目に勉強し、充実した学生生活を送っていたんだろう。

しかしあれほどのイケメンで彼女がいたことない、というのは不可解だ。勉強に熱中し過ぎて告白されてることにも気付かなかったとか?


空気を読むタイプだからそれはないか……。

帷は落ち着いてるけど、冗談も言うし返しが上手い。時々教習所で知り合いの学生と会うと、大抵向こうの方から笑顔で話し掛けられていた。

人望もあるし、社交的。そんな彼が、大学の次に一番長く滞在してる場所は……俺の家。

( お互い、まだまだ知らないことが山ほどあるけど )

ため息を飲み込み、綺麗に飾られた食器に視線を戻す。

とりあえず奇抜な色を避ければ大丈夫かな。今日は平皿だけにして、今度都合の良い時に一緒に買い物に行けたら良いな。


帷の食器を置く為のスペースもちゃんと作って。……そんなことを真剣に考えていたら、帷がずっとウチに住むような気がしてきた。


そんなわけないのだが、そうなったら毎日楽しくて仕方ない。

考えれば考えるほど顔がにやけそうになり、必死に感情を抑え込んだ。


落ち着け、俺。帷が家に来るのは“今だけ”だ。

全ては自動車学校を卒業する為。そのついでで、目の前にある俺の家にやってくる。


友達になれただけでも嬉しい。けど、あくまでただの友達。

そう。

でも、この間の夜にはっきり分かった。俺は帷と、“友達以上”になりたいのだと。


同性に対してこんな感情を抱いたのは初めてだし、未だに困惑している。自分の立ち位置が急に傾いて、今までの常識がひっくり返ったみたいだ。


仮に男と付き合ったとして、何をするんだ?

一緒に遊んで、ご飯食べて。でもそれじゃ、友達と何も変わらない。今過ごしてる時間に劇的な変化があるとは思えない。


俺は帷とどうなりたいんだろう。


……帷と、何をしたい?


「って……」


やばいな。完全に帷と付き合う方向で色々考えてる。

自分のことも分かってないのに誰かを巻き込むなんて絶対いけない。恋人同士になるっていうのは、つまり二人で生きていくことだ。責任感を持たないといけない。


自分が幸せになることも大事だけど……自分が相手を幸せにするんだ、という気持ちがないと。


まさかこんなことで悩むなんて……。

帷もノーマルだろうし、この気持ちは隠していかないと。


レジで会計を済ませ、お店を出る。もう大体の用は済んだのに、ふらふらと未練がましくお店をはしごしていった。

幸せそうな家族を見たいのかもしれない。いつかこんな家庭を築きたいと、心のどこかで願ってるんだ。

そして今も、ずっと昔に見た景色を求めている。


「お」


そのとき、偶然店先の什器に置かれたグラスが目に入った。コロンとしていて形が可愛いのだが、それ以上に中央を一周する向日葵の装飾が素敵だった。

食器に一目惚れしたのは初めてだ。気づけばレジへ持っていき、丁寧に梱包された紙袋をぶら下げていた。


二個買っちゃった。我ながら行動の速さに震える。

でも、普段使いのグラス欲しかったし。帷に使ってもらってるグラスはかなり大きいから、ちょっと飲みたい時に丁度いいサイズだと思う。


帷、気に入ってくれるといいな。

どきどきしながら家路を急ぐ。こんな風に足が軽いのはいつぶりだろう。

帷と会ってからずっとこうだ。外はうんざりするほど暑いのに、俺の心にはずっと清涼な風が吹いている。





今日は金曜日。

土曜に教習を入れてる帷は、今夜ウチに泊まりに来る。

台所とテーブルを片付け、おかえりを言う準備を万端にしていた。

冷蔵庫の中は食材で充実してるし、今日はいの一番に見せたいグラスもある。


早く来ないかな。

わくわくしながら時計を見てると、インターホンが鳴った。

この時間は間違いない。すぐに玄関へ向かい、ドアを開けた。


「帷、おかえり! ……って」

「こんばんは。……夜分にすみません」


ドアの先にいたのは、見知らぬ若い青年だった。一体どちら様だろうと思ってると、彼の後ろにいた人影がひょこっと横にずれた。

「悪い、迎」

「あれ、帷?」

意外なことに、青年と一緒にいたのは帷だった。何故か少し気まずそうに見えるが、帷の知り合いなのだと分かってホッとした。


「こんばんは〜。帷、こちらの方は?」

「あぁ……兄貴」

「へぇ、兄……貴!?」


驚いて、思わずその場で叫んでしまった。夜なので慌てて口を手で塞ぎ、青年に会釈する。青年も俺を見て何故か目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

「はじめまして。帷陽介です。弟がいつもお世話になってます」

「む、迎風月です。あ……どっちかっていうと、俺が弟さんにお世話になってます……」

とても礼儀正しい帷兄に、こちらも背筋がぴんとなる。

何故急遽やって来たのか分からないが、丁重におもてなししないといけない気がした。


「と、とりあえず中にどうぞ! 狭いし、散らかってて申し訳ないんですけど」

「あぁ、大丈夫ですよ。幸耶と仲良くしてくれてるみたいだから、御礼を言いたかっただけなんです」


陽介はそう言うと、持っていた紙袋を差し出した。

「つまらないものですが……これからも、幸耶と仲良くしてやってください」

「あ、ありがとうございます。もちろん……」

「兄貴、もういいだろ。迎が引いてる」

物腰が柔らかく、にこにこしてる陽介さんとは反対に……帷はハラハラして、ずっと頭が痛そうにしていた。

陽介さんのことを帰らせようとしてるのは察したけど、手土産までもらって帰すわけにはいかない。ドアを止めて、中を指し示した。

「あの。ほんと何もなくて申し訳ないんですけど、上がっていってください」

「いや、そういうつもりじゃないんです。ただ弟が迷惑かけてないか心配で」

陽介さんは慌てて片手を振ってるが、帷がそんなタイプじゃないことは百も承知のはずだ。だから尚さら、ここに来た本当の理由が気になる。

「遠慮なさらず。帷……じゃないや、幸耶君のお兄さんに会えて俺も嬉しいので!」

笑いかけると、陽介さんはわずかに目を見開いた。けどすぐに微笑み、安堵したように頷く。


「……ありがとうございます。そしたら、本当に少しだけ」


帷は落ち着かない様子だったけど、何とか陽介さんを招き入れることに成功した。私服だけど鞄や靴はフォーマルで、仕事帰りに見える。疲れてるだろうと思い、少し甘めの紅茶を淹れた。

「どうぞ」

「あぁ、ありがとうございます」

「全然。というか、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。俺はただの学生だし」

トレイをテーブルに置き、よっ、と腰をおろす。そこかしこに落ちている本を手早く積み重ね、隅に移動した。

ソファは物を置かないようにしていて良かった。

陽介さんも床に座ろうとしたが、全力で止めてソファに座ってもらった。


「汚くてほんとすみません」

「あはは、全然問題ないよ。一人暮らしなんでしょ? こんな風に丁寧にお茶も淹れてくれて、むしろすごくしっかりしてる。迎君は偉いよ」

「……!」


お世辞だと思うが、一人になってからそんな風に褒めてもらったのは初めてだ。地味に感動して、深々とお辞儀してしまった。

「ありがとうございます。陽介さんてすごい優しい……」

優しいだけじゃなくて、陽介さんもすごいイケメンだ。こんな兄弟が俺の家にいることが非現実的に思える。


ちなみに帷は、台所でご飯を作り始めていた。

「陽介さん、ここで寛いでてください。俺、ちょっと夜ご飯作るの手伝ってきます」

「あ、ちょっと待って……幸耶、いつもあんな風に君の家で料理してるの?」

陽介さんは台所に視線を移し、声を潜めた。少し困ったような顔で、今度は俺の方を見る。


「大丈夫? 迷惑じゃない?」

「とんでもない! 迷惑かけてるのは俺の方です! 俺が、手料理を食べたいって……我儘言ってるんです」




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