世界の“中心”
廊下を曲がった先にある中庭は、午後の光に包まれていた。
芝生の中央には噴水があり、水音が一定のリズムで響いている。
だがその穏やかな景色とは裏腹に、空気は張り詰めていた。
俺が現れた瞬間、談笑していた女子学生たちの声が途切れる。
笑顔が固まる。
手に持ったカップが止まる。
視線が、こちらに吸い寄せられる。
その視線の質が、もう分かる。
興味。
期待。
焦り。
そして、競争。
透子とのやり取りは、もう広がっている。
誰が最初に話したのか。
誰が最初に名前を呼ばれたのか。
その小さな差が、序列になる。
中庭のベンチの端に、鷹宮麗華が座っていた。
足を組み、背筋を伸ばし、姿勢は崩れていない。
だが視線は、明らかにこちらに向いている。
整いすぎた輪郭。
冷たい印象を与える切れ長の目。
この世界では“威圧的”と評される顔。
だがその瞳の奥にあるのは、冷静さだけではない。
計算だ。
俺が近づくのを待っている。
逃げない。
生徒会長という立場上、退くわけにはいかない。
俺は歩調を変えないまま、ベンチの前で足を止めた。
「さっきの子」
麗華が口を開く。
声は穏やかだが、わずかに硬い。
「白鳥透子さん。文学部の成績上位者です」
「へえ」
それだけ返す。
麗華の目が細くなる。
「不用意ですね」
「何が」
「あなたの言葉は、重い」
彼女は俺を真っ直ぐ見上げる。
「あなたの一言で、彼女の立場は変わる」
正論だ。
だが俺は肩をすくめる。
「変わったほうがいいだろ」
一瞬、麗華の呼吸が止まる。
「どういう意味ですか」
「評価が低いままより、上がったほうがいい」
事実を述べるように言う。
麗華は数秒、黙り込む。
その沈黙の中で、彼女の中の何かが揺れる。
整いすぎた顔で評価されない世界で、
彼女は努力で頂点に立ってきた。
権力と実績で、自分の価値を作ってきた。
だが俺は、存在だけで価値を与えられる。
その差を、彼女は理解している。
「あなたは、自覚していますか」
「何をだ」
「あなたがこの世界の“中心”だということをです」
その言葉は確認ではなく、牽制だ。
俺はゆっくりと笑う。
「分かってる」
否定しない。
その瞬間、周囲の空気がさらに張り詰める。
中庭の女子学生たちが、会話を止めている。
俺の態度が、そのまま序列に直結する。
麗華は立ち上がる。
身長差はほとんどない。
距離が縮まる。
「秩序を乱せば、反発も生まれます」
「怖いのか?」
問いは軽い。
だが意味は重い。
麗華の瞳が揺れる。
「恐れてはいません」
「じゃあ、何だ」
数秒の沈黙。
「制御不能になるのが厄介なだけです」
正直だ。
俺はその正直さに、少しだけ興味を持つ。
「なら、制御すればいい」
「誰が?」
「俺が」
空気が止まる。
自信過剰にも聞こえる言葉。
だが今の立場なら、誇張ではない。
麗華の瞳の奥に、明確な光が宿る。
敵意ではない。
興味と、対抗心。
「面白い」
小さく呟く。
その声には、ほんのわずかに熱が混じっている。
「あなたは、自分がどこまで行けると思っているのですか」
俺は空を見上げる。
青い。
雲がゆっくり流れている。
「さあな」
曖昧に返す。
確約しない。
だが、否定もしない。
麗華はじっと俺を見る。
評価している。
値踏みしている。
そして同時に、値踏みされていることも理解している。
俺は踵を返す。
「またな、生徒会長」
名前では呼ばない。
立場で呼ぶ。
微妙な距離。
麗華は何も言わない。
だが、その視線が背中に刺さる。
強い。
逃げない女だ。
廊下へ戻ると、スマホが震えている。
【中庭で生徒会長と対峙】
【透子と麗華、どっちが本命?】
【もう序列始まってる】
序列。
まだ俺は何も決めていない。
だが、周囲は勝手に順位を作る。
それが、この世界の構造。
俺はガラス窓に映る自分を見る。
整いすぎた顔。
冷静な視線。
ゆっくりと、息を吐く。
焦る必要はない。
選ぶ側は、余裕を見せる。
与えすぎない。
奪いすぎない。
期待を残す。
透子には救済を。
麗華には挑発を。
どちらも、まだ確定させない。
胸の奥が、静かに高鳴る。
楽しい。
否定され続けた人生の反動が、
今、形を持って膨らんでいる。
ここは戦場だ。
だが武器は言葉。
俺は歩き続ける。
視線を浴びながら。
揺らしながら。
中心に立ったまま。




