白鳥透子
VIP区域での説明が終わる頃には、学内SNSはすでに沸騰していた。
スマホを開くと、通知が止まらない。
【SSS+様、生徒会長と接触】
【麗華様が動いた】
【もう契約?】
まだ何もしていない。
だが「何かが起きた」という事実だけで、空気が揺れる。
俺は画面を閉じる。
焦る必要はない。
選ぶ側は、急がない。
神代が言う。
「本日は学内案内のみです。接触は最小限にしてください」
頷く。
だが廊下を歩けば、最小限など意味を持たない。
階段を下りる途中、踊り場で立ち止まる女子学生がいる。
華奢な体つき。
黒髪のロングヘア。
白い肌。
細い首。
大きな瞳。
前の世界なら、透明感系女優として雑誌の表紙を飾っていた顔だ。
だがこの世界では。
痩せすぎ。
儚すぎ。
存在感が弱い。
低評価。
彼女は本を胸に抱えたまま、こちらを見ている。
目が合った瞬間、肩が震えた。
逃げるかと思った。
だが逃げない。
足が、床に縫い付けられたように動かない。
神代が一歩前に出ようとする。
俺は小さく手で制する。
「大丈夫だ」
彼女の前で、足を止める。
距離は一メートルほど。
近すぎず、遠すぎない。
彼女の喉が、小さく動く。
「あ、あの」
声は細い。
「天宮、様ですよね」
様。
その呼び方に、わずかに違和感を覚える。
「そうだけど」
彼女は視線を下げる。
「わ、私文学部の、白鳥透子です」
透子。
名前を心の中で反復する。
彼女の指先は、本の端を強く握っている。
緊張と、期待。
そして、怯え。
「何か用か?」
少しだけ首を傾ける。
意識的な仕草。
彼女の呼吸が乱れる。
「そのお顔が」
言い淀む。
整いすぎている、と言いかけてやめたのだろう。
この世界でその言葉は、褒め言葉にならない。
俺はゆっくりと言う。
「どう思った?」
問い返す。
彼女は一瞬だけ目を上げる。
その瞳に、強い揺れ。
「き、綺麗だと、思いました」
周囲の空気がわずかにざわつく。
近くにいた学生たちが、こちらを見る。
整いすぎた顔を“綺麗”と評価するのは、この世界では少数派だ。
彼女はそれを分かっている。
それでも言った。
勇気だ。
胸の奥が、静かに動く。
前の世界で、俺にそんな勇気を向けてくれた人間はいなかった。
俺は、ほんの少しだけ微笑む。
「君のほうが、綺麗だよ」
その瞬間。
透子の時間が止まった。
瞳が大きく開く。
「え?」
耳まで赤くなる。
周囲の空気が、さらに揺れる。
嫉妬。
羨望。
焦燥。
俺は言葉を続ける。
「今まで言われたことはなかったか?」
透子の指先が震える。
「はい」
小さな声。
「でも、俺は好きだ」
静かに。
はっきりと。
断定はしない。
だが否定もしない。
好きだ。
その一言で十分だ。
透子の目に、涙が滲む。
泣きそうになるのを、必死でこらえている。
「ありがとうございます」
声が震えている。
胸の奥で、甘い感覚が広がる。
これだ。
価値を与える感覚。
誰かの世界を、言葉一つで塗り替える感覚。
神代がわずかに咳払いをする。
「移動します」
俺は透子から視線を外す。
「またな」
曖昧な言葉。
確約はしない。
期待だけ残す。
透子はその場に立ち尽くしたまま、こちらを見つめている。
背中に、強い視線を感じる。
廊下を歩きながら、スマホが震える。
【白鳥透子、SSS+様と会話】
【透子泣いてた?】
【もう契約候補?】
波紋が広がる。
まだ何も始まっていない。
だが、確実に動いている。
俺はガラス窓に映る自分を見る。
整った顔。
揺るがない視線。
ゆっくりと、口角を上げる。
これは偶然じゃない。
仕組める。
与えるふりをして、縛る。
救うふりをして、依存させる。
廊下の向こうで、再び麗華の姿が見えた。
こちらを見ている。
透子とのやり取りを、遠くから見ていたのだろう。
その瞳に、明確な火が灯っている。
競争が、始まった。
そして俺は。
その中心にいる。
ゆっくりと、息を吐く。
楽しい。
選ばれない側だった人生が、
選ぶ側に反転した。
ならば。
徹底的にやる。
ここで、頂点に立つ。




