学園は戦場
男神特区大学は、外から見ればただの近代的な総合大学だった。
ガラス張りの校舎、整えられた芝生、並木道。
地方の私立名門校と言われても違和感はない。
だが敷地内に足を踏み入れた瞬間、その空気は明らかに違っていた。
静かだ。
学生は多いはずなのに、騒がしさがない。
その代わりにあるのは、抑え込まれた緊張。
視線。
それも、数えきれないほどの。
校舎の窓。中庭のベンチ。階段の踊り場。
あらゆる場所から、こちらを窺う目がある。
露骨に近づいてくる者はいない。
だが誰も、視線を完全には逸らせない。
俺が一歩進むたび、空気がわずかに揺れる。
その揺れを、はっきりと感じ取れる。
神代が横で低く言う。
「こちらです」
正面玄関を抜けると、広いロビーに出た。
天井は高く、白い床に光が反射している。
中央には大型の電子掲示板。
そこに表示されている文字を見て、足が止まりそうになる。
【SSS+男性本日入構】
ざわめきが広がる。
名前は出ていない。
だが全員が分かっている。
俺だ。
ロビーの端に立っていた女子学生が、思わず一歩前に出る。
隣の友人に袖を引かれ、止まる。
「近づくなって」
「でも」
その声は震えている。
この世界で“不細工”と呼ばれる顔立ちの少女たち。
整った輪郭、小さな顔、通った鼻筋。
前の世界なら、間違いなく称賛の対象だった顔。
だがここでは評価が低い。
自信のなさが、目元に滲んでいる。
俺と目が合った瞬間、その少女の喉が小さく上下した。
呼吸が乱れる。
それを理性で押し戻そうとしているのが分かる。
胸の奥が、じわりと熱を持つ。
この構図。
評価されない側の視線が、
評価を与えられる存在に向けられる瞬間。
それは、どこか既視感がある。
ただ、立場が逆なだけだ。
神代が受付へ向かう。
俺はその後ろを歩く。
靴音がやけに大きく響く。
受付の女性職員が立ち上がる。
「天宮様」
様。
自然に付いた敬称。
彼女は書類を持つ手をわずかに震わせている。
「本日より、男性専用区域をご利用いただきます」
男性専用区域。
案内された先は、一般ロビーとは明らかに雰囲気の違う空間だった。
落ち着いた色調の壁。
厚手のカーペット。
柔らかい間接照明。
静かだ。
外のざわめきが、遠くの海鳴りのようにしか聞こえない。
ソファに腰を下ろす。
身体が深く沈み込む。
守られている感覚。
同時に、隔離されている感覚。
壁の向こうに、数百人の女子学生がいる。
その全員が、俺を知っている。
まだ何もしていない。
誰も選んでいない。
それでも、空気はもう動いている。
扉が、静かにノックされた。
神代が眉を寄せる。
「許可は出していません」
外から落ち着いた声が返る。
「生徒会長です。最低限の挨拶をさせてください」
神代が一瞬だけ思案し、扉を開ける。
入ってきたのは、長身の女性だった。
背筋が真っ直ぐ伸びている。
黒髪を後ろでまとめ、端正な顔立ち。
小顔で、通った鼻筋、均整の取れたパーツ。
この世界の基準では、整いすぎ。
主流から外れた顔。
だが彼女は、劣等感を表に出していない。
強い目だ。
「鷹宮麗華です」
声は低く、落ち着いている。
俺を見た瞬間、ほんのわずかに呼吸が乱れた。
すぐに整える。
理性で押さえ込む動きが分かる。
俺は立ち上がる。
「天宮朔也だ」
短く名乗る。
麗華の視線が、微かに鋭くなる。
「噂以上ですね」
「何がだ」
「存在感がです」
言葉は冷静だが、瞳の奥に火がある。
支配する側の目だ。
男を管理し、秩序を保ってきた女の目。
だが今日から、その秩序の中心は俺になる。
彼女も、それを理解している。
「この学園の秩序を守るのが私の役目です」
一歩、距離を詰めてくる。
近い。
視線がぶつかる。
彼女の目の奥にあるのは、競争心。
そして、わずかな劣等感。
整いすぎて評価されない世界で、自分を律し続けてきた女の影。
俺は、ほんの少しだけ笑う。
「大変だな」
「何がですか」
「俺がいると、秩序が乱れる」
一瞬、空気が張り詰める。
麗華の呼吸が、ほんのわずかに乱れる。
その変化が、分かる。
「あなたが秩序を乱すとは限りません」
「俺が選べば、そうなる」
沈黙。
その沈黙が、甘い。
麗華は俺を見つめたまま言う。
「面白い方ですね」
踵を返す。
「正式な歓迎は後日改めて」
扉が閉まる。
静寂が戻る。
俺はソファに座り直す。
胸の奥が、静かに熱い。
ここは学園だ。
だが同時に、戦場でもある。
誰が俺の隣に立つか。
誰が選ばれるか。
まだ何も始まっていない。
それでも、すでに動いている。
俺は目を閉じる。
守られるだけの存在では終わらない。
選ぶ側に立つ。
価値を与える側に立つ。
この場所で、頂点に立つ。
その予感だけが、確かな熱を帯びて胸に残っていた。




