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醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第2章 『王と呼ばれながら、俺は最低な欲に溺れていた』

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エピローグ 「王でいるほど、自分が遠のく」

 


 その週の終わりには、部屋の静けさが前より少しだけ重くなっていた。


 玲奈からの通知。

 麗華からの短い文面。

 紗良の管理めいた確認。

 行きずりの女たちからの甘い余韻。


 それらはまだ、ちゃんと嬉しい。

 嬉しいし、見れば体も反応する。

 玲奈の「会いたい」は相変わらず熱いし、麗華の静かな誘いはそれだけで喉の奥を熱くする。

 紗良の近さだって、思い出せば妙に腹の底がざわつく。


 でも、そこへ飛びつく前に、一拍だけ遅れるようになっていた。


 少しだけ、考える。


 この熱は何を埋めるのか。

 誰を欲しがっているのか。

 誰でもいいのか。


 その一拍があるだけで、今までとは景色が変わる。


 前なら、通知が来ればすぐ手が伸びた。

 欲しがられることも、自分が欲しがることも、全部まとめて快楽へ沈めばよかった。

 今は、その手前に小さな違和感が立つ。


 それが鬱陶しい。

 でも、無視しきれない。


 ◇


 玲奈とは、そのあとも何度か会った。


 会えば熱は戻る。

 扉が閉まる音。

 玲奈の香り。

「会いたかった」と言う声。

 そこから先は、もう何度も体が覚えている。


 玲奈は相変わらず、朔也の露骨な欲に弱かった。


 胸元へ落ちる視線に赤くなり、首筋へ唇が触れるだけで呼吸を乱す。

 押すつもりで来たくせに、押し返されるとすぐ嬉しそうに崩れる。

 その反応は、やっぱり気持ちいい。


 前の世界なら絶対に手が届かなかった女が、今は自分の腕の中で熱を持つ。

 自分が欲しがれば、そのぶんだけ返ってくる。

 その快感は本物だ。


 でも最近は、その本物さのあとへ、少しだけ別の感覚が差し込む。


 玲奈が眠ったあと。

 シャワーの音が止んだあと。

 帰り際に笑って手を振られたあと。


 胸の奥に残るのは、満足だけじゃない。


 何かが、ずれている。


「ねえ」


 ある夜、玲奈がベッドの端で言った。


「最近、たまに遠く感じるの」


「は?」


「会ってる時はそうでもないんだけど」


 玲奈はシーツを胸元まで引き上げたまま、朔也を見る。


「終わったあと、ちょっとだけ、目の前からいなくなる感じがする」


 その言葉に、朔也は返事が遅れた。


 見抜かれている。

 全部じゃなくても、少しは。


「…そんなことないよ」


 出た言葉は薄かった。


 玲奈は少しだけ口元を歪める。


「その言い方の時は、だいたいあるやつ」


「何だよそれ」


「なんとなくわかる」


 玲奈はそこで、それ以上は追わなかった。

 追えば朔也が面倒くさくなることを、たぶんもう知っている。


 その優しさが、今は少しだけ痛い。


 ◇


 麗華とも、何度か会った。


 麗華は相変わらず、高かった。

 服も、部屋も、香りも、言葉も。

 それら全部が整いすぎていて、そこへ自分の欲で皺をつけることに、朔也はまだ強く酔った。


 喉元。

 肩。

 脚線。

 上品な女が、自分のせいで声を乱すこと。


 その優越は、玲奈とはまた違う種類の快感だった。

 “こんな女を自分が下ろしている”という、あまりにも下品な満足。


 でも麗華の前では、その快感のあとに来る冷えが、少しだけ自覚しやすかった。


 なぜなら麗華は、熱のあとにも崩れきらないからだ。


 服を整える。

 髪を戻す。

 呼吸を静める。

 そして、少し微笑んで「お水をどうぞ」と言う。


 その切り替えの美しさに、前は妙な征服欲を煽られていた。

 今は、そこへ別の感情も混じる。


 ああ、この女もまた“九条麗華”へ戻っていくんだ、と。


 自分だけが、熱の残骸を抱えている気がする。


「今日は静かね」


 ある夜、麗華がグラスを置きながら言った。


「何が」


「あなたよ」


 朔也はソファへ沈んだまま、何も言わなかった。


「前までは、満たされた顔をしていたわ」


「今は?」


「別のことを考えている顔」


 その指摘は、たぶん正しかった。


 考えたくないのに、考えてしまう。

 満たされたはずなのに、なぜそのあとで少し寒いのか。

 どうして、どれだけ熱い時間のあとにも、静けさだけが残るのか。


「…つまらないかしら?」


 麗華が聞く。


「は?」


「わたくしが」


 少しだけ冗談めいた口調。

 でも目はそうでもない。


 朔也はそこでようやく顔を上げた。


「つまんなくはない」


「それならいいの」


 麗華はそれ以上は追わない。

 でも、その“不問にする優しさ”も、今の朔也には少しだけ重かった。


 ◇


 紗良は、最後までいちばん近くにいた。


 近くにいる時間が長いぶん、たぶん変化にも一番早く気づいていたのだと思う。


「最近、誰にも飛びつかなくなりましたね」


 ある夜、リビングで書類を見ながら、紗良がそんなことを言った。


「飛びつくって言い方やめろよ」


「事実です」


「またそれか」


 朔也はソファの背へ頭を預ける。


 スマホには玲奈からの通知。

 テーブルには麗華から届いた封書。

 少し前なら、そのどちらも同時に開いていただろう。


 今は、どちらもまだそのままだ。


「疲れたんじゃないですか」


 紗良が言う。


「何に」


「快楽に」


 その一言が、妙に刺さる。


 快楽に疲れる。

 そんなことあるのかと思っていた。

 でも今は、なくはないのかもしれないと思う。


 体は欲しがる。

 でも、心が少し遅れる。

 そのズレが積もると、たしかに疲労に似たものになる。


「…お前は」


 朔也が言う。


「何でそんな平気そうなんだよ」


 紗良の手が止まる。


「何がです」


「全部」


 曖昧な問い。

 でも、言いたいことは自分でも少しわかっていた。


 玲奈は熱で来る。

 麗華は囲いで来る。

 名前のいらない女たちはもっと単純な欲で来る。

 紗良だけは、ずっと“必要だから”の顔をして近くにいる。


 その近さが、時々ひどくずるく見える。


「平気に見えるなら、そう振る舞っているだけです」


 紗良は淡々と答えた。


「そういうの、一番ずるい」


「便利な言葉ですね」


「お前が言うな」


 返してから、少しだけ笑いそうになる。

 こういうやり取りが残っているあたり、まだ完全には壊れていないのかもしれない。


 ◇


 そして、冬月書房にはそのあとも何度か足が向いた。


 理由はうまく説明できなかった。

 欲があるのかと聞かれれば、ゼロではない。

 澪の首筋や肩の線を見れば、男としての視線が落ちることもある。

 指先が触れれば、やっぱり少しは反応する。


 でも、そこから先へ行かない。


 澪も行かせない。

 朔也も、なぜか無理にそこを壊したくならない。


 そのことが、今までの女たちと決定的に違っていた。


「また来たんですね」


 澪はいつも通り言う。


「悪い?」


「別に」


 その素っ気なさが、前は少しだけ腹立たしかった。

 今はむしろ、そこがちょうどいい。


 棚の前で立ち止まり、本を眺める。

 澪が近くを通る。

 紙の匂いと、ほとんど香水のしない空気。


「今日はまだ静かですね」


 澪が言う。


「まだ?」


「そのうちまた、うるさくなりそうなので」


「何だよそれ」


「顔色が少し戻ったので」


 顔、か。


 またそれだと思いながらも、ここではその言葉に苛立たない。

 たぶん、澪は見ても奪おうとしないからだ。


 そこが、今の朔也には妙にありがたかった。


「…お前、性欲とかないの」


 ある日、ついにそう聞いてしまった。


 澪は本を戻す手を止め、少しだけ考えるように視線を落とした。


「ありますよ」


 その答えに、朔也はほんの少しだけ驚く。


「あるんだ」


「人並みには」


「じゃあ何で」


「何で、何ですか」


「…俺を求めないんだよ」


 聞いてから、自分で顔が熱くなる。

 何だその言い方。

 どれだけ自意識過剰なんだ。


 でも澪は笑わない。


「求めてほしいんですか」


 静かに返されて、今度は本当に言葉に詰まる。


 来てほしいのか。

 欲しがられたいのか。

 触れてほしいのか。


 たぶん、少しはそうだ。

 少なくとも“何とも思われていない”のは、妙に引っかかる。


 けれど、それを認めたら何かが壊れる気もした。


「…わかんない」


 結局、それしか言えなかった。


 澪は少しだけ目を細める。


「そういう顔、前より増えましたね」


「何だよそれ」


「わからない顔です」


 そして、それ以上は踏み込まない。


 その“踏み込まなさ”の前でだけ、朔也は自分がまだ人間の形を保っている気がした。


 ◇


 ある夜、部屋へ戻る。


 スマホには通知が並んでいる。


 玲奈。

 麗華。

 ひな。

 美優。

 名前だけ見ても、もうどういう熱なのかだいたい想像できる。


 少し前なら、それが気持ちよかった。

 今も、ゼロではない。

 でも、その並んだ通知を見て最初に思い浮かぶのが、冬月書房の静かな棚になっている。


 それが、朔也には一番意味がわからなかった。


 欲しがられることは、まだ嬉しい。

 女の体も、まだ欲しい。

 それは間違いない。


 でも、王として囲まれている時間が長くなるほど、自分の輪郭が少しずつ薄くなっていく気がする。


 みんなが欲しいのは“希少な男”であって、“桐生朔也”そのものではない。

 そして自分もまた、みんなの体や反応を欲しがるばかりで、“その女”をちゃんと見ているとは言いがたい。


 その両方が重なった時、妙に寒い。


 スマホを伏せる。


 部屋は静かだ。

 前なら、その静けさを怖がって、すぐ誰かの熱へ逃げた。

 今は少しだけ、その静けさに留まっていたいと思う。


「…俺がほんとに会いたいの、誰なんだろうな」


 独り言が落ちる。


 答えは、たぶんもう出ていた。


 でも、それを今ここで認めてしまうと、朔也が溺れてきたもの全部が、一気に意味を変えてしまう気がした。


 だから、まだ言葉にしない。


 ただ、通知の並ぶ画面を裏返したまま、朔也はしばらく目を閉じる。


 女たちの熱はまだそこにある。

 欲もまだ消えていない。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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