既読の温度
派閥は、目に見えないところで育つ。
教室の隅。
カフェのテラス席。
女子寮の談話室。
声は抑えられている。
だが、話題は一つしかない。
「今日、誰だった?」
「透子、最近暗くない?」
「ひよりの投稿、あれ絶対わざとだよね」
噂は具体的になるほど、鋭くなる。
ローテーション制は公平のはずだった。
だが“公平”は、感情を納得させない。
順番が来るまでの時間が、不安を育てる。
他の誰かが笑っている間、自分は待つ。
その構図自体が、競争を強める。
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夜。
俺のスマホは静かに震え続けている。
透子。
《今日は少しだけ話せますか》
ひより。
《さっきのコメント欄、見た?》
麗華。
《明日の会議資料、確認を》
他の七人からも通知が並ぶ。
画面をスクロールする。
文字列が連なっているだけなのに、そこには体温がある。
不安。
焦燥。
独占欲。
すべてが、俺に向けられている。
ベッドに横になったまま、返信欄を開く。
そして閉じる。
既読はつく。
だが、返信はしない。
数分。
数十分。
一時間。
透子から、再びメッセージが届く。
《忙しいですよね。ごめんなさい》
その文面の奥にあるものが、はっきり見える。
“見捨てられたくない”。
俺は画面を見つめながら、小さく息を吐く。
これは、快感だ。
誰かが自分の一言を待ち、既読一つで揺れる。
前の世界で、俺は既読無視される側だった。
メッセージを送り、待ち、何時間も画面を見つめていた。
今は逆だ。
俺が、待たせる側。
その立場の反転が、胸の奥を満たす。
だが同時に、どこかで冷たい自分がそれを観察している。
“わざとだろ?”
頭の奥で、声がする。
わざと既読をつけて、返信を遅らせる。
揺らしている。
試している。
それを自覚している。
それでも、やめない。
やめられない。
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翌日。
透子は明らかに疲れていた。
目の下に薄い影。
笑顔が、少し硬い。
「昨日、遅かったですよね」
責める口調ではない。
確認するような声。
「寝てた」
短く答える。
透子の目が揺れる。
寝てた。
その一言で、昨夜の一時間の不安が無意味になる。
だがそれでも、彼女は笑う。
「そうですよね。ごめんなさい、私」
謝るのは、彼女だ。
俺は何もしていない。
ただ、返信しなかっただけ。
それだけで、彼女は自分を責める。
胸の奥が、また甘くなる。
「気にするな」
軽く言う。
透子の肩が、ほっと下がる。
その瞬間、彼女の世界は再び俺中心に戻る。
簡単だ。
恐ろしいほど、簡単だ。
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一方で、ひよりは逆の戦い方をする。
配信で、あえて俺の話題を出さない。
名前も出さない。
だが、意味深な笑みを浮かべる。
《今日は静かだね》
コメント欄がざわつく。
“何かあった?”
匂わせないことで、逆に想像を煽る。
公開戦だ。
麗華は動く。
スポンサーと話をつけ、学内の過熱を抑える。
政治の戦だ。
透子は、俺に縋る。
感情の戦だ。
それぞれが、違う武器を持つ。
そして俺は。
中央で、椅子に座っている。
指一本で、均衡を崩せる位置に。
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夜。
ベッドに座り、天井を見上げる。
十人の名前が、頭の中を巡る。
役割がある。
透子は依存。
ひよりは拡散。
麗華は安定。
他の七人も、ポジションがある。
完璧な布陣。
王の采配は、機能している。
なのに。
なぜか、部屋は静かすぎる。
スマホを伏せると、音が消える。
誰もいない。
十人と関わっているのに、孤独が薄く残る。
俺は眉をひそめる。
くだらない。
これは贅沢な悩みだ。
王に孤独はつきもの。
由愛の声が、ふと蘇る。
「誰も好きじゃないよね」
その言葉を振り払うように、スマホを手に取る。
透子に返信する。
《今度、ゆっくり話そう》
すぐに既読がつき、数秒で返信が来る。
《はい。嬉しいです》
その速さに、胸が少しだけ重くなる。
嬉しい。
その言葉を、何度も受け取っている。
だが、自分はどうだ。
嬉しい、のか。
画面を閉じる。
考えるのをやめる。
まだ崩れていない。
まだ支配は完璧だ。
派閥は揺れているが、中心は揺れていない。
そう思い込みながら、俺は目を閉じる。
だがその奥で、ほんの小さなひびが、静かに広がり始めていた。




