派閥戦争
ローテーション制が発表されてから、学園の空気は目に見えて変わった。
表面上は静かだ。
廊下ではいつも通りの挨拶が交わされ、講義は滞りなく進み、カフェスペースでは控えめな笑い声が響いている。
だが、その裏側。
視線の質が変わった。
俺が通るとき、ただ羨望するだけだった目が、今は計算している。
誰と並んでいるか。
今日の順番は誰か。
次は誰に回るのか。
序列が、固定されたからだ。
固定された序列は、安心を生むと同時に、不満も生む。
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夜。
ひよりの配信が始まる。
彼女の部屋はいつもより照明が明るい。
背景には、さりげなく置かれた高級ブランドの箱。
コメント欄が高速で流れていく。
《今日は誰の日?》
《王様は?》
《透子どうしてるの?》
ひよりは微笑む。
「今日はね、王様とディナーだった」
わざとらしくない自然な言い方。
だがその言葉は、確実に波を起こす。
コメント欄が荒れる。
《匂わせ?》
《公式は麗華じゃないの?》
《透子かわいそう》
ひよりは肩をすくめる。
「順番だからね」
その“順番”という言葉が、火に油を注ぐ。
俺は寮室でそれを見ている。
画面の向こうで、自分の名前が飛び交う。
自分が中心にいる構図が、明確に可視化される。
胸の奥が、じわりと熱を持つ。
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翌朝。
学内掲示板が荒れていた。
【ひより、特別扱い?】
【ローテーション守られてる?】
【王様の本命は誰】
カフェスペースでは、透子が一人で座っている。
本を開いているが、ページは進んでいない。
目元が、少し赤い。
俺が近づくと、彼女は顔を上げる。
無理に微笑む。
「昨日、楽しかったですか?」
声は穏やかだが、奥に棘がある。
「普通」
曖昧に答える。
透子の指先が、カップの縁をなぞる。
「ひよりさん、嬉しそうでしたね」
嫉妬。
だが、責める言い方ではない。
不安だ。
俺は椅子に座る。
「順番だろ」
それだけ言う。
透子の目が揺れる。
順番。
制度。
公平。
それは理屈として正しい。
だが感情は別だ。
彼女は俺を見ている。
俺の言葉一つで、安心も不安も決まる。
その事実が、はっきりと分かる。
胸の奥に、またあの感覚が広がる。
支配。
優越。
「透子は透子だろ」
軽く言う。
断言しない。
特別とも言わない。
だが、突き放しもしない。
その曖昧さが、彼女を縛る。
透子は小さく頷く。
「はい」
完全には納得していない。
だが、離れない。
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その日の午後。
生徒会室。
麗華は資料を机に叩きつける。
珍しい仕草だ。
「ひよりの配信が過熱しています」
冷静な声だが、わずかに低い。
「学内外のアクセス数が急増。スポンサーが動き始めました」
「いいことだろ」
「管理が必要です」
麗華は俺をまっすぐ見る。
「派閥が明確になりすぎると、対立が激化する」
その言葉の裏には、焦りがある。
生徒会長としての立場。
公式契約者としての立場。
どちらも守らなければならない。
だが、ひよりは感情ではなく“公開性”で戦っている。
配信は武器だ。
炎上は拡散だ。
「抑えるか?」
俺は問う。
麗華は数秒、沈黙する。
「必要なら」
政治的圧力。
スポンサー調整。
情報操作。
彼女ならできる。
俺は椅子にもたれる。
「面白くなくなる」
正直な感想だ。
麗華の瞳が揺れる。
「争いは消耗です」
「消耗してるのは誰だ」
問い返す。
麗華は答えない。
答えられない。
消耗しているのは、彼女たちだ。
俺は消耗していない。
むしろ、加速している。
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夜。
スマホが鳴る。
透子からのメッセージ。
《少しだけ、声が聞きたいです》
ひよりからの通知。
《今日の投稿、どう思う?》
麗華からの連絡。
《明日、対策会議》
三方向から、同時に。
俺はベッドに寝転がる。
天井を見つめる。
十人の女が、それぞれに動く。
俺を中心に。
この構図は、完璧だ。
だが。
胸の奥に、薄い空洞が広がる。
十人と関わっているのに。
なぜか、誰とも深く繋がっていない感覚。
俺はその感覚を、無視する。
今はまだ、陶酔の最中だ。
支配は機能している。
構造は崩れていない。
それでいい。
そう自分に言い聞かせながら、スマホを置く。
外では、まだひよりの配信通知が鳴っている。
派閥は、静かに形を成していた。
そして俺は、その中心で、笑っている。




