思いを込めてあなたに贈る
「ファナ! 家宝のネックレスはどこ?」
先週父が連れて来た「新しい母」という女性が私の部屋に乗り込んで来ました。
ここはホーランド伯爵家。新しい母は伯爵夫人という事になりますが、育った男爵家の振る舞いが抜けないようです。
まあ、「母」と言っても16歳の私と七歳しか違わないのですが。
「家宝のネックレス……ですか? どこでその事を……」
「いいから私によこしなさい!」
「あれは、この家の女主人が管理する決まりです」
「なら私の物じゃない! 今はあたしがここの女主人よ!」
驚きで何も言えない私に、新しい母は勝ち誇ったように続けました。
「あんたはね、バード家の次男に嫁ぐ事が決まったわ! この家を継ぐのはあたしが産んだロバート! 今日からこの家の女主人はあたしよ!」
「……そんな事に……」
バード家は母方の親戚です。母が亡くなってわずか二ヶ月で父が後妻と赤ん坊を連れて来たと知って、私をこの家から逃がそうとしてくれたのでしょう。
「ほら、さっさとよこすのよ」
なら、渡すしかありません。
私は、寝室の奥の隠し小部屋から家宝のネックレスの入った小箱を持って来て、新しい母の前で開けて見せました。
大きなルビーの周りに沢山の小さなダイヤモンドが金や銀の繊細な細工で飾り付けてあり、誰もが見惚れるに違いない逸品です。実際、新しい母も目を奪われています。
「どうか、大切に管理してください」
新しい母は、箱ごとネックレスを掴むと返事もせずに部屋を出て行きました。
その夜、そろそろ眠ろうと思っていたら、夜会に行ったはずの父と新しい母が私の部屋に飛び込んで来ました。
「もうお帰りでしたの? 気付かずにお迎えもせずすみません」
「そんな事より! 何なんだこのネックレスは!」
お父様がテーブルに家宝のネックレスを叩きつけます。まあ、繊細な細工が曲がってしまいますわ。
「見ろ!」
父に言われて新しい母を見ると、新しい母の首周りにびっしりとウロコが生えていました。
「まぁ……。家宝のネックレスを着けるとウロコが生えますのね」
それでなくても注目されているこの二人。さぞかし夜会は大騒ぎになった事でしょう。
二人を落ち着かせるために、ソファーに座るように勧めます。
「お前は知っていたのか!」
あら、全然落ち着きませんわね。
「知りませんわ。家宝のネックレスを身につけるような勇気のある人なんて今までに一人もいませんでしたもの。家宝は『管理する』物ですわ。お母様にもちゃんとそう言いましたわよね」
「………」
新しい母が不機嫌そうに黙り込みました。
「お父様こそ、何故身につけるのを止めませんでしたの? もしかして、家宝のネックレスの事をお母様に教えたのはお父様ですの?」
「………」
お父様も気まずそうに黙り込みました。
「家宝の意味を忘れてましたのね? ホーランド伯爵家の呪いの品を『家宝』として女主人が管理している事を」
「呪いぃ?!」
目を逸らしたお父様と対照的に、新しい母が熱り立ちました。
「そのネックレスは、三代前の当主が遊びで水神様の巫女に手を出した代償に妻に贈られた物ですわ。当主夫人がしっかりした人でしたので、ネックレスの禍々しさに気付いて決して誰かが身に着けないよう人目につかぬ所に保管しましたの」
唖然としている新しい母。
「他にも、四代前の当主が手を出した女流画家が恨みを込めて描いた絵と、先先代が捨てた愛人が自殺する直前に先先代へ贈った櫛。これらを『家宝』と呼んでいます。どれも、一目見たら心惹かれずにいられない素晴らしい家宝ですわ。お母様が女主人となったので、後ほど差し上げますね」
そんな嫌そうな顔をしないでください。
「つまり、この家の当主には女性にだらしない人が多かったという事です。あ、お父様もそうでしたから、現在進行形ですね」
笑ってしまいそうになりますが、何とか堪えます。
「ではお父様、もっと大事な事をお母様に言って無いのですか? 呪いの影響なのか、この家の女主人は短命だと」
お二人とも固まりました。お父様、忘れてましたわね。
この家の当主がこんなだから、自分のしたことを反省する事も、罪悪感を感じる事もないクズだから、呪いは当主ではなく夫のした事に胸を痛める女主人の方へ向かうのでしょう。
「短命だなんて、私がそんなわけ!………」
言い返そうとした新しい母が、私の母が亡くなっている事を思い出したようです。
新しい母に説明してあげます。
「私の母は、娘時代は男まさりと言われるくらい元気で、それで望まれてこの家に嫁ぎましたの。母は元気に私を産んで、父はそんな母を大切にして。祖父母は幼い私に、お前の代にはもうこの家の呪いは消えるだろうと言っていたものです」
でも、そうは上手く行かなかったんですよね……。そんな事で許される呪いでは無かったようで。
「残念ですが、祖父母が不慮の事故で亡くなり、それから母は病の床につき、父は外に女性を作りました。やだ、お二人の方がよくご存知ですよね」
そして、二人で享楽的に過ごしているうちに、父は母の事も伯爵家の家宝の事も忘れてしまったのでした、と。まあくだらない。
だから、父が二人を家に連れて来た時、新しい母が「自分が女主人だ」と言った時、とても驚きましたのよ。
私はもう跡継ぎでも女主人でもないんだ!、と。
せっかくなので、近いうちにこの家を出て母方の祖父母のもとへ行き、そこから嫁ぐつもりです。母が亡くなる前に、個人資産が私に入るように手続きしてくれましたので経済的な心配はありませんし。
父が家を継ぐからと家を出た叔父様や叔母様のように、私もこれからは普通の生活を送れるのです。
ああ、なんという開放感。
「さあ、私はもう寝るので出て行ってください」
「ま、待ってよ、あたしの首のウロコはどうなるの!」
「どうって……、どうせ短命なら考えても仕方ないのでは? あと何年生きられるか分かりませんけど」
悩むだけ無駄です、と笑うと
「笑い事じゃないわ!」
と怒鳴られました。
私は笑顔を崩さず新しい母に答えます。
「……私は何年も一人で泣きました。あなたたちが二人で笑って母の死ぬのを待っている時」
「………」
母がいなくなってしまう事に、この家に押し潰されそうな事に、怯えて悲しんで恐怖しても、誰にも頼れなかった。
私には、男に弄ばれ、裏切られ、男が妻と一緒に笑っているのを呪わずにいられなかった女たちの気持ちが痛いほど分かります。
今、初めてこの家の呪いに感謝して言います。
「あなたたちも同じ思いをすれば?」
2025年1月26日 日間総合ランキング
3位になりました!
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