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第7話「アリーナ席で見るアイドルのような」

街を歩き回った後、ミオはカイと広場の噴水前で休息をとる。


ちょっとした休憩時間でもジュリアにもらったメモ帳に書き出した単語を呟いた。


一日でも早くコミュニケーションをとれるようになりたい。


この数日でずいぶん覚えた気になって、ミオは言葉が思い浮かぶことを誇らしく思っていた。


「それ、ミオのいた場所の文字?」


ミオのメモを指しながらカイがたずねてくる。


なんとなく質問を察し、ミオはメモ帳に“バナナ”と記載し、ついでにイラストも添えた。


「バナナ」


「これ、バナナ?」


わかりやすい伝え方だと、ミオは自信満々だった。


イラストは異世界共通だとほくそ笑んでいると、カイが吹き出すように腹を抱えて笑いだす。


とんだ勘違いだったと、ミオは羞恥心をあおられて悲鳴を上げた。


『わ、笑わないで!』


「はっ……そっか。同じものがそっちにもあるんだな」


ミオの必死さを面白がるカイ。


一刻も早く会話をしようと努めるミオは、バカにされたとまったく面白くない事案だ。


ムスッとそっぽを向けば、カイが謝りながらミオの髪を撫でまわす。


せっかくジュリアが海風で髪を痛ませないようにと、椿油を塗ってくれたのに台無しだ。


ふてくされてカイの手を振り払えば、カイが困ったように眉を下げて謝ってきた。



言葉のわからない状態で対話するのは難しい。


仮に言葉があったとしても、想いをくみ取るのは困難を極める。


ミオの緊張をほぐそうと柔和に接してくれるカイに、ミオはもう少し肩の力を抜こうと首を横に振った。


「同じ。知りたい」



絵がもっと上手ければよかった。


ないものねだりは今さらだとしても、初見の壁を越えた今は嫌われたくない願望が強まっていた。


相手を知りたい。


カイもミオのことを知ろうとしてくれている。


嫌悪が前提だった対話に、好意があるのならば積極的になりたかった。


「……ミオ」


カイの伸ばした指先が頬に触れ、顔の筋肉が強ばる。


触れた箇所から熱が広がっていく感覚に、ミオはつい薄く唇を開いてしまう。


何もわからないミオからといって、好意の分別が出来ないわけでない。


カイのやさしさは甘い蜜だ。


花が咲いていれば惹き寄せられるミツバチのように、ミオの心は傾いていた。


(さみしいを忘れられる……なんて――)


「ミオ。あのな……」



平穏な時間が荒ぶる時間に変わるのは一瞬のこと。


「ずいぶんと無邪気なお嬢さんだ」


視界が回り、足元のバランスを崩してしまう。


近かったカイから離れ、背後で別の温もりに支えられる。


振り返るとミオよりもずっと色素の薄いプラチナブロンドの髪が目に入った。


「怪我はない?」


「は、はい……」


空色の瞳。


宝石商も唸らせるほど輝かしい容姿の男性がミオに微笑みを向けている。


巨大ドーム球場でアリーナ席から見るアイドルだろうか。


実際には見たことがないのであくまで想像ではあるが、それくらいのキラキラをまとっていた。


「おい、その手を離せ、優男」


前方からトゲのある声がした。


カイが後ろの男性に牙を向いている。


犬のように唸って威嚇するカイを前に、男性はまったく動じずに鼻で笑い返した。



「そんなにこの子が大事?」


「”あ“あっ!? ったりめーだろ!」


ミオの前では常に穏やかで、船員の前では堂々とした男らしい姿のカイ。


好意しかなかったカイからはじめて嫌悪を感じ取り、全身に鳥肌が立った。


このままではカイから好意が消えてしまうと恐れをなしたミオは、おずおずと男性の手から離れようとした。


「ありがと」


「おや、ずいぶんとたどたどしい喋り方ですね」


「離せと言ってるだろ!」


「おおっと!?」


腹を立てたカイが男性に食ってかかるが避けられてしまう。


爽やかに微笑むだけの男性は、逃げようとするミオに手こずることもなく、器用に両手首を掴んでいた。


『きゃっ!?』


「しばらくお嬢さんは預かりますね!」


「おいっ!!」


男性を追いかけようとカイが前に踏み出すと、物陰に隠れていた軍服の男たちがカイの進路を妨げた。


ミオへの最短距離を塞がれ、カイは舌打ちをすると、腹の底から声を出す。


「ミオ! すぐに助ける!」


(カイッ……!)



人混みに埋もれてカイの姿が見えなくなった。


声も届かなくなり、男に手を引かれるままにミオは走るしかなかった。


人の多さに酔いそうになる。


目まぐるしい視界の移り変わりに口元を押さえ、広場に出るとようやく男は足を止めてくれた。


「ごめんね。大丈夫?」


ミオは男の手を振り払うと、警戒心むきだしに睨みつける。


毛を逆立てた猫のように威嚇したが、やはり男性は何食わぬ顔をして微笑んでいた。


「きみはカイの何?」


ジュリアとの問答でよく聞いた音だった。


ミオの物珍しさに関心を抱いているようだ。


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