第6話「港町・キヤルマとバナナ」
船上生活をはじめ、早くも五日が経過した。
船員はみな優しく、言葉が通じないとわかっていても気さくに声をかけてくれた。
ジュリアがついて言葉を教えてくれるおかげもあり、簡単な単語は覚えつつあった。
「私は、ミオ。これはリンゴ。これは肉」
「そうそう! ミオ、完璧よ!」
「えへへ」
勉強となるとなかなか覚えられないものだが、生活において必須となると吸収力は高まる。
加えてジュリアは教え方が丁寧で、発音も聞き取りやすいのでスルスルと覚えられた。
「ふふん。ミオもすごいけどアタシの教え方が上手いのね!」
「わあ~!」
鼻を高くして威張り散らすジュリア。
とりあえず手を叩いてジュリアを褒めることにした。
「ジュリア。ありがとう」
ふわふわのアッシュブラウンの髪は撫でると心地よい。
ジュリアも撫でられることは好きなようで、くすぐったそうに照れ笑いをする。
それがまた一段と愛らしかった。
(こんな風に女の子と話せるって、いいな)
同性と気兼ねなく会話することに憧れていた。
疑似的にもそれが叶ってミオは満足だ。
言葉には出来ずとも気持ちを示すと、ジュリアもうれしいと肯定的に受け止めてくれた。
この船にはもう一人女性が同乗しているらしいが、今は放浪の旅に出ているらしい。
しばらく女一人だったと、ジュリアがぼやいていたのでタイミングが良かったと安堵した。
「ミオ、ジュリア。船をおりるぞ」
甲板で木箱に背を預けて、会話を弾ませていたミオとジュリアに影が差す。
顔をあげると、海よりも鮮やかな青色が日の光を浴びて微笑んでいた。
(コバルトブルー。日に当たると空にも溶け込みそう)
海を象徴する色で構成されたカイは、ミオからすると海の神秘を詰め込んだ美しさだ。
光の粒を波にのせる海があっても、カイの微笑みはそれ以上に煌めいて見えた。
「あ~、ごめん。話に夢中になって気づかなかった」
「おいおい。航海士なんだからどこを進んでいるか把握してくれよ」
「コンパスは確認してるわ。何の問題もないから口を出さないだけよ」
「はいはい」
船員にはそれぞれ役割があり、ジュリアは航海士として活躍をしている。
小さいのに大人顔負けに働いていて偉いと感心してしまう。
「お頭! 食料の調達に付き合ってよ! ほしい調味料がたくさんあるんだ!」
陽気にはしゃいで手を振るのは料理人のラウロだ。
大食いの船員たちの食事を一人で用意する船上の鉄人である。
「わりぃな。今日はミオとまわる。リーノに付き合ってもらったらどうだ?」
「えぇー、あいつ非力だしなぁ」
「うるさい、ラウロ。……僕は船に残る」
ラウロの背後に立ち、身を隠す双子の弟・リーノ。
普段は整備室にこもっており、言葉数が少ない。対称的にラウロがお喋りで、二人でバランスをとっているかのようだ。
「じゃあ親父に頼むかぁ」
「たまには外に出ろよ。リーノ」
肩を落として去っていくラウロ。
ボーッとしながらその場に立っているだけのリーノに、カイが呆れて声をかける。
リーノは煙たそうな顔をして、カイに返事をすることなく整備室へ逃げていった。
「あ、そっか。ここ、“キヤルマ”だったわね」
ジュリアが立ち上がり、甲板で背伸びをしながら景色を一望する。
聞きなれない言葉にミオは首を傾げ、重たい尻を持ち上げてジュリアの隣に並ぶ。
「わぁ!」
カモメが飛び交う先にパステルカラーの建物。
異国情緒あふれる光景は、この世界に来て海しか知らなかったミオの心を躍らせた。
岩場に着岸した船の下方には白い砂浜があり、空は砂がかかったように黄ばんだ青空に見えた。
「……よし、ミオ! デートだ!」
『えっ!? わ、待って……』
強引にカイに引かれ、砂浜に降り立つ。
海の香りがグッと濃くなった。
港町“キヤルマ”との境目にある白い砂浜は、粒がきめ細かで足が沈みそうだ。
制服姿でこの世界に流れ着いたミオを気にして、ジュリアがミオにと新品のブーツをくれた。
「服を買おう。ジュリアのだと小さいだろう?」
カイと手を繋いで歩くのは気恥ずかしい。
嫌だと拒否してもカイは何食わぬ顔をして手を離そうとはしないので困ったものだ。
嫌われ者だったミオには異性と手を繋ぐことは未知。
破廉恥なことをしている気がして頭から煙が出そうだった。
「カイ。あれ、なに?」
賑やかな露店の間を歩きながら、ミオはたどたどしい口調でカイに質問を投げていく。
“バナナ”に似た串。見知ったものがあることに安堵して、ミオは露店へと駆け寄った。
「あれはバナナだ」
「バナナ?」
「食べてみるか?」
好奇心には勝てず、うなずいてカイにバナナ串を買ってもらう。
ほとんど“バナナ”の見た目で、口に含むと粘り気が強くもちっと甘い。
ほんのりあたたかく、一言であらわすと”焼きバナナ”だと思った。
「うまいか?」
口元をゆるゆるに、えくぼを浮かべながら頷いた。
おいしいものを食べると気分は上がる。
ありがたいことに、ラウロの手料理はかなりのおいしさだ。
元の世界と味の基準が同じで、呼び方が変わるだけなのは助かった。
当分はこうして会話を交えつつ、日常の言葉を覚えていくのだろうと、バナナを頬張りながら気合いを入れた。
――ぱくんっ!
「えっ?」
ミオの前にあったバナナが一口分、きれいに無くなる。
ショックに目を見張っていると、視界に赤い舌が薄い唇をペロリと舐める妖艶なカイが映り込んできた。
「ごちそうさま」
(こ、これは……!)
意地悪い笑みに心臓が悲鳴をあげる。
それ以上に距離の近さに目がチカチカして膝が震えた。
(距離感がおかしい! でも突っぱねるのも怖い!)
下手に抵抗して、その辺に放り出されてしまえばミオは本当に孤独になってしまう。
今は船にいたいのが本音。
ミオを軽蔑しない、ぬるま湯のような温度が心地よかった。
「――あれは」
賑やかな二人を、人混みの中から淡い金髪をした男が見ていた。
雅な目元の男は、マントをひるがえしてすぐに人混みに身を隠す。
視線に敏感なミオは、一瞬の違和感に振り返ったが、誰もいないとすぐに視線を忘れてしまった。




