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第3話「荒波と泳げない少女」

潮風にミオのマリーゴールドの髪がなびく。


ここは大海原の上だと、居場所を教えてくれた。


水平線に見える巨大な船と交戦状態のようだ。


ここはミオにとって非現実的な争いを繰り広げる世界だった。



灰色の雲の隙間から太陽の光が差し込む。


腰には細身の剣。


手には筒の長い銃。


戦争のない場所で必死に言葉を覚えようと生きてきた。


幸いにも言葉を覚えるのに集中できたと言ってよい。


このような激しい場所でまともな会話ができるとは思えない。


(本当にここはどこなの――?)


「ミオ!?」


甲板を慌ただしく移動する人々の奥に、敵船と向き合うカイがいた。


ひときわ目立つ艶やかな青色にミオの目頭が熱くなる。


気弱になったミオは脇目もふらず、カイのもとへ駆けだした。


「なんで出てきた!?」


カイは血相を変えてミオの肩をつかむ。


責めるような瞳に心臓が針で刺されたみたいだ。


「カイ……」


(泣きたい。怖い。でもこの人の名前しかわかんない)


名前だけがミオの頼りだ。


たった一つ、この世界でミオが通ずるもの。


迷惑をかけてしまったとバツが悪くなり、目をそらす。


太陽が雲に隠れ、カイの顔に影がかかった。


「ミオ、ここは危ないから。中に……」


――ドオオオォォオン!!!


「うわっ!?」


敵船から放たれた大砲の球が船の横に落下する。


激しい揺れにミオは立っていることが出来ず、カイに庇われて床に倒れ込んだ。



揺れがおさまるのを待ち、身体を起こした頃には敵船が離れていた。


ようやく争いが終わったと安堵したのも束の間……。


「おい! ジュリアが落ちたぞ!」


甲板から身を乗り出して海を覗いているスキンヘッドの船員がいた。


「おい、ジュリアを助けろ!」


その叫びにいち早くカイが船員に指示を出すが、思うように救出の一手を打てないようだ。


「波が荒い! 小舟を出すのは危険だ!」


「ちっ……!」


「ジュリア! ジュリアーッ!!」


「ばか、ラウロ! アブねぇって!」


青みを帯びた銀髪の船員が泣きながら海に叫ぶ。


救出できないもどかしさに焦燥感を抱くが、刻一刻と少女の命は危ぶまれる。


ミオは気が気でなく、甲板に出て海を見下ろした。


溺れる少女が手を上に伸ばし、助けを求めている。


波が打ち寄せ、海に沈められる。


助けを求めても誰の手も届かず、苦しそうにする少女を見てミオは衝動に駆られた。



(あれは”私”だ。助けないと)



それはミオの悪癖。


かつて海に一人、置き去りにされた過去がミオから冷静さを奪う。


湧き出る強迫観念は、ミオを危険に身を投げ出させることも容易にする。



「ミオッ!?」


甲板から海へ飛び込むと、身体に強い衝撃が走った。


波にさらわれそうになりながら、足をばたつかせてもがく。


(バカじゃん。私、泳げないのに)


前へ進もうとするが、すぐに水の重みに沈んでミオは無力化された。


泳げないと自覚しながら、自殺行為のように思考が真っ白になって飛び込んでしまう。


正義感?


そんなキレイな心で海に飛び込むわけではない。


目立つ行動をして、誰かの目にミオを留めてほしいだけだ。


海で一人、孤独に泣いていた幼い自分が救われたいから――。



他者には理解できない自虐だ。


かわいそうな身の上でも、誰かを助けるために捨て身になる。


美談がミオを孤独から解放してくれる。


そう期待しては、失望していった。



派手な容姿は不良に絡まれやすい。


黒に染めても髪はすぐに元の色に戻った。


ひょんなことから交流が生まれた人も、気づいたら離れていく。


ずっとずっと、ミオはひとりぼっち。


言葉をわからないミオを、見知らぬ砂浜に送り込んだ海が憎かった。


海は泳げないミオを飲み込んで、殺したいのかもしれない。


(ごめんね……)


少女に手が届かない。


助けられないのだと悟り、ミオは身体にのしかかってくる潮水に身をゆだねた。


きっと元いた町では神隠しだと、ミオは摩訶不思議な象徴になっていく。


知らないところでミオが拡大解釈される現実に、しょっぱい涙が口に入り込んでいった。




――リーン、リーン。


心地よい音なのに、海に近づくことを避けるきっかけとなった音。


カイが胸の前に手をかざし、指を弾かせたときに聞こえた音だ。


意識が遠のく中で、海に穴が開くのを見た。


身体が急上昇し、雲を晴らした空が視界に広がった。


「バカ野郎! 簡単に死ぬんじゃねーよっ!!」


空に映える青色に目を奪われる。


頭がくらくらして、ろくに息が出来ない。


酸欠になって意識は朦朧。


ダイキライな海なのに、コバルトブルーだけはやさしい。


ミオは唇にあたたかさを感じながら、海の静寂に身をゆだねていた。

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