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第2話「孤独の浮き彫り」

男性に抱きしめられるのは初めてだ。


想像よりずっと近い距離に、じっとりとした熱を感じて澪は思わず震えてしまう。


過剰な反応に、カイは腹を抱えて笑いだす。


こっちは必死だというのに、笑われるのは腹立たしい。


ムキになってカイを睨んでいると、カイは涙目に笑いながら左胸の前で人差し指を弾くしぐさをした。



――リーン、リリーン……。


海でよく聞いた耳鳴りだ。


しかし不快さがまったくない。


その音を近くで聞きたかったと言わんばかりに、澪は引き寄せられてカイに手を捕まれた。


「名前は?」


ようやく澪の警戒が解けたと察したカイが、澪を指さしてゆっくりと同じ単語を繰り返す。


名前を聞かれているのだと理解した。


澪は言語に悩みながらも、自分を示すものはこれだけだと喉を震わせた。



「……ミオ」


「ミオ。うん……いい名前だ」


どうやらちゃんと伝わったようだ。


カイはシーツ越しにミオの頭を撫でる。


嫌がるべきところだが、ミオにはそれがくすぐったい。


まるで褒められているみたいだ。


童心にかえった気持ちになり、カイの瞳をのぞき込む。


珊瑚色の瞳は青い髪と合わさると、まさに海を連想させる爽やかさがあった。



(今はこの人を頼るしかない……んだよね? うん、帰ろう。帰らないとダメだよね!)



どこかわからない場所に来てしまった不安はある。



恐怖に泣きたい気持ちもあるが、「全力で嘆けるか?」と問われるとそうでもなかった。


どこにいようがミオの周りには誰もいない。


“帰るべきだ”という固定概念に突き動かされ、ミオはシーツから抜けて大げさに息を吐きだした。


(どうせ私がいてもいなくても……)


誰に想いを寄せることもなく、誰もミオを必要としない。


通じ合えたと思えば、すぐにミオから離れていく。


仕方ない事情とはいえ、裏切られた気分を何度も味わった。


悲しみがヘドロに変わるくらいなら、そんなもんだと無理やり自分を納得させる道を選ぶ。



(冷静になれ。今はこの人しかいないんだから)


『よろしくお願いします』


深々と頭をさげ、今はカイに頼りたいと意思表示をする。


お願いをしたは良いものの、一向に反応が返ってこないので恐る恐るカイの顔色を伺う。


「ん? どうした、ミオ」


――ドキッ。


まるで少女マンガのようにミオの胸が高鳴った。


甘ったるい微笑みを浮かべたカイの美貌に、ミオの頬は簡単に朱に染まる。


ミオは男性に免疫がなかった。


刺激が強すぎて、顔を合わせていられずに再びシーツに丸く縮こまった。


(なんか変だよ! 言葉も通じないから変どころか、意味わかんない!)


言葉が分からない以上、視覚から情報を得るしかない。


そうなるとカイの微笑みがやけに全肯定に見えてしまうので、警戒すべき点を探そうと厳しく観察を始めた。


『あの……』


ドオォーンッ!!!


声をかけた直後、部屋が横に大きくぐらついた。


“今度は何だ!?” と慌てる前にバランスが崩れ、カイの胸にもたれかかる。


当然また至近距離になってしまい、恥ずかしさ限界に悲鳴を上げた。


『キャッ!? ごめんなさい!』


離れようとしたが、カイはミオを抱き寄せて離してくれない。


横揺れは続いており、棚からは本がバサバサと落ちていく。


部屋は木造で、厚めのガラス窓が壁についている。


窓の向こう側には気泡が見え、波が打ち寄せる音がした。


察するにここは船の中だろう。


(船!? やだ、なに!?)


あきらかに揺れ方がおかしい。


荒波の揺れとはまた別の、強い衝撃を受けて急にバランスを崩したかのような感覚だ。


外で恐ろしいことが起きているのでは? と想像し、ミオの顔面から血の気が引けた。



「チッ……ずいぶんとお仕事熱心なことだな」


あくどい顔をしてカイが口角を上げる。


獣のように血走った目をしており、ミオを見つめていた優しい眼差しの片鱗もなかった。


「ミオはここにいろ」


カイはミオの頭を撫でると、部屋の片隅に立て掛けてあった剣を手に部屋を飛び出した。


何を言われたかわからず、一人取り残されたミオの不安は大きくなるばかり。


誰にも助けてもらえない状況は、ミオの孤独を浮き彫りにした。


『やだ……。わたし、何も悪いことしてないよ……』


同じ景色を見て、同じように呼吸をしているはずなのにいつだってミオは孤独だった。



もう何年も前のこと――。


ミオは言葉が通じない世界で目を覚ました。


老人だらけの過疎化した町近くの砂浜で目覚め、奇異な目で見られるようになる。


言葉は通じない。


髪色は地元民からすれば不良のもの。


極めつけは喧嘩っぱやさだ。


孤独にもがく姿は、周りからすればただの困ったちゃん。


腫れもの扱いをされていた。


『なにもわからないのはもう嫌だ!』


目が回りそうだ。


振り回されて、振り回されて、どこに立っているのか把握できない。


どこに立つならば許される?


答えを持ちあわせない。


不安定な足取りでベッドから下りると、壁に手をつきながら部屋を出る。


継続する衝撃音に怯えながら通路を進み、外に続く光に目を細めた。



潮の香りに、響く喧騒。


巨大な船の上で、長鉄砲を海に向ける人が集まっている。


黒い鉄球が飛び、焦げ臭さが充満した。


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