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第20話「一番恋しかった場所」

《教えて。私はなに?》


《お前は人魚だ。人魚の中でも頂点に立つ王族。人魚姫だ》


《人魚姫……》


言葉につたないミオに合わせ、マルティーナが明確に伝えてくる。


“人魚姫”だなんて言われてもしっくりこず、悩ましいと身を縮めていると、キアーラが砂浜まで身を乗りだしてミオの足首をつかんだ。


「きゃっ!?」


《ずっと心配していたのよ! あの人間のせいで異世界に流されてしまって……》


キアーラの叫びに、ミオの頭の中に亀裂が走る。


その場にうずくまり、痛みが去るまで声を押し殺して我慢した。


動揺が大きくなるなか、キアーラは切羽詰まってミオの様子を気遣えないまま話を広げていこうとした。


《禁じられた魔法を使ってしまったばかりにあなたは罰を受けた》


キアーラのふっくらとした桃色の唇が憂いを語る。


ミオは顔をあげるのが精一杯だ。


《思い出せないのも仕方のないこと。異世界へ流され、言葉も奪われたかわいそうな妹》


《なんの、こと……》


《これは奇跡なのかしら。愛する妹が戻ってくるなんて》


うっとりした目でキアーラはミオを一途に見つめた。


まるで魔法にかかって、盲目に相手を賛美しているかのよう。


この世界は魔法が身近であり、ミオが思い描く空想上の出来事は実現してしまった。


人魚という摩訶不思議な生き物が手のひらから渦を起こし、鞘におさまる短刀を形作った。


どこかの物語で見たような光景がミオに迫る。


短刀をミオに渡そうと、必死な面持ちでキアーラは陸に身を乗り出した。


《これであの海獣を殺しなさい。そうすればあなたは海に戻れる。もう孤独に身を置かなくていいのよ》


この姉を名乗る人魚は何を言っているのだろう?


殺せ、と何の躊躇もなく笑って口にした。


そんな簡単に命を奪う発言ができる軽さに背筋がゾッと震えだす。


《全部、あの怪物のせい。いつ、海をおびやかすことになるか》


『何言って……』


混乱して自分がどこの言語を話しているかわからない。


《大丈夫よ。殺せばすべて元通り。あなたは家に帰れるのよ》



――家、それは帰る場所。


居場所を求めていたミオにとって一番恋しかった場所だ。


この人魚はミオの求めていた“家族”であり、血のつながる存在だ。


見つかることのなかった家族を前に、ミオはひどく動揺して足を滑らせ、尻もちをついてしまった。


「どうして離れようとするの?」


「キアーラ。ミオは混乱しているんだ」


「なにを戸惑うの? あれは海を荒らす獣。殺さないと危険」


「――あぁ、そうだな」


マルティーナの赤い瞳がミオを映す。


《あの男は海獣。世界の兵器だ》


《海獣……》


《あの男が獣にのまれたとき、海を滅ぼす力が目覚める。あれはお前が殺さなくては》



何を信じればいいのかわからなくなった。


わずかな時間とはいえ、ミオはカイの腕にまとわりつく岩肌を見た。


獣のように鋭くとがった瞳孔を。


別人のように血走った目をしたカイに恐怖を抱いた。


あれは海獣が断片的に顔を出した姿だとも理解できる。


だがそれだけだ。


ミオが直接カイから話を聞いたわけではない。


《どうして私がこれを使わなくてはならないの?》


《その短剣でしか倒せないの。ドワーフの作った短刀。怪物を作ったあなたが責任をとるべきでしょう》


それっぽい発言をキアーラが続けるが、ミオの中ではスッキリするどころかモヤが広がっていく。


おそらくこのモヤはカイにしか晴らせない。


だったらこの短剣を持つ必要があるか?


これを使うということは、カイを殺すということなのに?


自問自答して、すぐに答えは出た。


「いやだ」


それがミオの本心だ。


海獣だとしてもカイを殺すなんて絶対にいやだ。


迷いのない拒絶の言葉に。


キアーラたちは困惑と焦りの色を濃くした。


「シーナ!? 何を言って」


「私、カイ好き! 守る!」


「シーナッ!!」



――短刀は受け取らない。


これ以上、話したところで二人はミオに海獣殺しをさせようとするだけだ。


そんな残酷なことをお気楽に話したくもないし、聞きたくないと耳を塞いで走り出した。


胃がムカムカして、がむしゃらになって突き進んだ。


ミオを呼ぶ声も、波音も、何も耳に入らない。


(海獣!? そんなの知らない! だってカイは――!)


悲しみがにじみ出る淡い微笑みのカイを思い出す。


マルティーナの誘拐事件を機にカイは変わった。


人目を避けるようになり、長袖と手袋で腕を隠しだす。


みんなと距離を取り、いなくなる準備をしているように見えた。


それもカイが自分から守ろうと一線を引いたからだろう。


揺れる視界の中、ミオはようやくカイの行動に合点がいった。


本当にカイが海獣だとして、それをミオはどうする?



なぜ、ミオに殺せと言うのか? 


そんなことは知らない!


カイから話してもらわない限り、聞き入れたりしない。


カイに会わなくては――。


生き急ぐようにミオは鉱山の採掘場を目指して走った。



途中、草をかきわける音にミオはその場につまずいてしまう。


涙目になって顔をあげた先で、予想もしなかった人物と鉢合わせてしまった。


「君は……」


軍兵のアルノルドがいた。

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