第19話「知らない家族」
リーバの町を出て、船で五日ほど海を渡った。
ジュリアが航海士として立ち、北上して進んだ先に新たな無人島にたどり着く。
自然豊かな島ではなく、かつて人が住んでいた形跡のある廃れた島だ。
住居の確保を終えると、ようやく海賊らしいことをはじめる――と思ったのだが……。
「よし。いくぞ、野郎ども!」
「「おおーっ!」」
男たちはみな動きやすい恰好となり、島の中心にそびえる雄大な鉱山へ向かった。
この島は長らく国に放置され、海賊にとっては宝島のようなものらしい。
希少な宝石の原石を採掘して資金源にしようという魂胆だ。
これが彼らのお宝さがし――“本業”だ。
(海賊なのに、海賊らしいことしていないなぁ)
ミオは危ないからと廃村に残される。
同じく残ったジュリアが地図を広げ、メモを見ながら線を引く。
「これ、なに?」
「地図。これはクオーレ大陸。キヤルマやリーバはこの大陸にある町よ」
「今、どこ?」
はじめてまともに見る地図を、ミオは興味津々で眺め、ジュリアに質問攻めをした。
「だいたいこのあたりね。地図にない島なのよ」
細かな情報を地図に書いて、より詳しいものに変えていく。
コンパスのさした方角にまだ見ぬ広い世界。
この世界は未知なことだらけの発展途上だと知り、ミオは子どものようにワクワク浮かれていた。
「最近はずっとスペランツァ王国の周辺をまわってるけど、他の国には行くの?」
樽いっぱいの水を運んできたエルダが加わる。
ジュリアは首を横に振り、腕を組んで唸りだした。
「カイがドワーフの森に行きたいって。しばらく西へ進む予定」
「ドワーフの森? なんで?」
「さぁ? とりあえず、資金調達したいからこの島に寄ったのよ」
「ふーん」
(どわーふの? 単語の区切りがわかんなかった。どわーふのもり? どわーフノモリ?)
むずかしいワードが飛び交い、ミオは質問さえ出来ない。
以前からジュリアにここがスペランツァ王国だということについては教わっていたので、ぼんやりと現在地との関係性は理解した。
スペランツァ王国のあるクオーレ大陸周辺を航行し、その先は未定だろうとミオなりに能天気な答えを出していた。
「あ、薪がだいぶ減ってる」
薪を積んだ小屋に行くと、ほとんど薪が残っていなかった。
数日滞在するには心細い。
「私、とってくる」
「ミオちゃん、あたしも行くよ」
「大丈夫。すぐそこ」
村に隣接した森で枝を拾えば薪くらいにはなるだろう。
ジュリアやエルダの手を煩わせるまでもない。
もうミオの中に元の場所へ戻りたい気持ちは残っていない分、今の温かい場所で笑って暮らしていきたかった。
みんなのために頑張りたい。
前向きな気持ちで大きく手を振り、森へ駆けていく。
廃村の近くであれば迷うこともない。
籠を背負い、鼻歌を歌いながら枝を拾いはじめた。
(最初は不安だったけど、みんな優しくて今は大好きになった)
カイのスキンシップの意味を把握した以上、突っぱねなくてはならない。
ここで生きていくには不要なものだから。
……そこまで考えて、枝を拾う手がとまる。
エルダとの友情と、深い恋心を天秤にかけて、ミオはずっと求めていた友情を選んだ。
ただそれだけのこと……。
波の打ち寄せる音がして、潮の香りに惹かれて砂浜を歩く。
あれほど怖かった海も今は怖くない。
集めた枝を一か所にまとめると、裸足になって海に足をつけた。
(……なにこれ?)
水に触れた足首にデコボコした鋭い鱗が見てとれた。
一体何だと目を擦り、もう一度足を見るもいつもと変わらない柔らかい足だ。
(なに、いまの? まるであの時の人魚さんと同じ……)
「シーナ……?」
海から歌うようなソプラノボイスがした。
前方を見ると、自分とよく似たマリーゴールドが目に留まった。
瞳に涙いっぱい溜めてミオに手を伸ばすのは、星色の尾をもつ人魚だ。
「シーナ。シーナなのね? よかった。戻ってきたのね」
知らない人魚。
だがどこか懐かしい気がした。
「以前は助けてもらった。感謝する」
(あの時の人魚さん!)
マリーゴールドの人魚のとなりに、以前会った赤色の人魚が現れる。
傷を負っていたと記憶していたが、完治したようだ。
妖艶な微笑みは刺激的でつい赤くなってしまう。
《お前がこの世界に戻って来たと知り、探していた》
直接頭の中に響く声に、ミオは目を丸くして辺りを見回した。
どうやら人魚の声のようだ。
超音波のような音なら真似できると直感が働き、ミオは二人の人魚に意識を集中した。
《あなたは誰? 私を知っているの?》
いざ挑戦してみたらすんなりと出来た。
原理はわからないが、難しくはないと人魚たちに向き合って会話を試みる。
《お前はこのキアーラの妹さ。で、私はマルティーナ。キアーラとは幼馴染でね》
「シーナ。シーナ! 会いたかった!」
ミオを”シーナ”と呼び、泣きじゃくってミオを呼ぶのが姉のキアーラだ。
ミオにとっては初対面のため、逆に距離感が近いと警戒心が強くなってしまった。
「キアーラ。ミオは言葉を失っている」
「あ……そっか。ごめんなさい」
マルティーナの叱責を受け、キアーラは落ち着こうと涙を拭い、深呼吸をした。
砕けた二人のやりとりに、ほんの少し懐かしさを抱く。
けれども何かを思い出せたわけでもなく、気を取り直して強い眼差しで二人を見据えた。




