第17話「激情と光り輝くモノ」
異世界からやってきたミオをこうも面倒見よく傍に置いてくれるはずがない。
ミオに対して何かがあるから、無条件のやさしさを向けてくれる。
「――あぁ、知ってる」
泣きそうになって微笑みを歪ませるカイに、ミオの胸が苦しくなった。
切望する眼差しを見た瞬間、ミオはあの音が響くのを耳にする。
――リーン、リーンと。
ミオにしか聞こえない不思議な音。
カイと向き合ったときにこの音はよく聞こえる。
この音を鳴らしているのはカイだろうか?
ミオにも鳴らすことが出来る?
――知りたい。
そう思った瞬間、ミオは無自覚に人差し指で心臓を弾いていた。
「! ミオには……」
予想通り、音は鳴った。
同時にミオは感極まって瞳に涙をいっぱい浮かべた。
楽しそうに笑いあう同級生の子たち。
家族に対し、腹を立てながらも大事に思っていることが伝わる会話。
決して手に入らないものだと諦めていたが、いつも目で追っていた。
孤独に泣くのは嫌いだった。
一人を痛感するから。
それも今は、一人でなかったと知る。
心臓から伝わる音の震え。
カイはずっと近くにいた。
「ミオはいま、ここにいて幸せか?」
「えっ?」
そらすことのできない眼差しに、ミオは熟れた唇を小さく開いた。
(戻らないといけない……。ううん、もういい。ここにいたい)
「うん。とても、幸せ」
「……よかった」
先ほどまでの葛藤めいた表情は消えていた。
カイらしくない、寄る辺のない微笑みだ。
「これでもう、思い残すことはない」
(カイ? この音は何? 聞こえているのに、言葉にできない)
言葉がわからない。
教えてほしいのに質問ができない。
手が離れていく。
まるでミオに触れる資格はないと言いたげだ。
ミオの視野が狭くなり、胸やお腹をソワソワさせるのはきっと、おかしなことなんだ――。
「――カイッ!!」
突如、部屋の扉が勢いよく開かれる。
酒気を帯びて真っ赤になったラウロが部屋に飛び込んできた。
「ラウロ?」
「ひっく……。俺っち、そんなに魅力ないかなぁ?」
「は?」
すでに理性の飛んだ状態のようだ。
カイがミオの上から退けると息をつき、ラウロの前に立ち、背中をさすりだす。
「またジュリアに振られたか?」
(ジュリア?)
「またってなんだよ! 俺っちは本気でおろろろろろっ……」
カイの言葉に興奮したラウロが強く前に出ると、口から目も当てられないほどの”光り輝くもの”があふれた。
決してキレイなものではなく、ミオは見慣れぬ光景に両腕を擦った。
(ひゃあ~……。お酒ってこわい)
「ぞ、雑巾……」
ミオは急いで甲板へ走りだし、嘔吐物を拭きとるための雑巾を手に取った。
カイ一人ではラウロを抱えるのも大変なため、甲板に出てドクと目があったので助けを求めた。
カイとドクがラウロを運び、カイは汚れてしまったのでシャワー室に向かってもらう。
ドクと一緒に掃除をしつつ、ドクの顔をチラチラと覗いてしまう。
「どうした、嬢ちゃん」
それに気づいたドクが不思議そうに首を傾げた。
「ドク。昔……カイ、知り合い?」
「あーっと……昔から知り合いかって?」
その言葉にミオはうなずく。
ミオの直球な質問に、ドクは困ったように後頭部に手をまわし、ボリボリと掻いた。
スキンヘッドのため、皮膚をかいているようなものだ。
「そうだな。まだカイが子どもの頃から知ってるよ」
「カイ、私、知ってる。ドクは――」
「おおっと。それはちゃんと本人の口から聞くことだ」
二ッと白い歯を見せて笑うドクに、ミオは図星を突かれてカッと頬を赤らめた。
ミオはドクに聞いてしまうことでカイへの予防線を張ろうとした。
それはカイに対して失礼なことだと気づき、恥じて視線を落とした。
「ごめんなさい」
「いや、いつまでもハッキリしないあいつが悪い。俺はずっと答えを待っている」
穏やかな目は息子を見る父親のようだ。
ドクはミオの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でてくれた。
くすぐったいコミュニケーションだが、珍しくミオは撫でられることに不快の色を示した。
「ドク、手」
「あ……」
時すでに遅し。
ドクはラウロの嘔吐物を拭いていた手でミオの頭を撫でていた。
無頓着さにミオとしては複雑な心境だ。
ドクが嫌なのではなく、嘔吐物に触れた手が嫌だった。




