第16話「沈むベッドの上で」
三日月が浮かぶ空の下、ラウロが用意してくれた夕食をとる。
リーバの町にしかない酒を手に、船員たちは顔を真っ赤にし、肩を組み歌っていた。
その中にはジュリアとエルダも混ざっており、すっかり出来上がった様子でリズミカルに踊っていた。
ミオは木箱に背を預け、木製コップに入ったぶどうジュースを飲む。
甘いような、渋いような……。
この世界での成人年齢は何歳だろうか?
ジュリアは自分よりも年下なのにぐびぐびとお酒を飲んでいる。
お酒は成人してから、の価値観が薄いのかもしれない。
とはいえ、ミオに酒を飲む勇気はない。
ちびちびとジュースを飲んでいると、隣にやけに冷めた様子のリーノがやってきた。
そういえばリーノとはあまり話したことがないと、好奇心からリーノと距離を詰める。
「リーノ」
ミオが声をかけると、リーノはそっけなく視線だけを向けてきた。
「リーバの町に、名物の酒がある。あいつらそれが好きなんだ」
「さ・け……」
会話のニュアンスはわかっても、細かい単語までは聞き取れない。
そのたびにミオはメモを取り、日本語で発音と意味を書き込んでいく。
英語が得意だったわけではないのに、この世界の言葉はミオのなかに染み込みやすかった。
「リーノ、酒、飲む?」
「いや、俺は……。ほら、あんな風になるから」
リーノは船の隅っこで幸せそうに泥酔するラウロを指した。
他の船員たちは大声で音を外した歌をうたっては、泣き上戸に語りかけている。
普段の温厚で生真面目なみんなが想像できないと、ミオはおかしくなって笑ってしまった。
「なに笑ってんの?」
「家族、いいね」
「は?」
夜の冷たい風がミオのマリーゴールドの髪をなびく。
遠い目をして、船で起きる平和な出来事に自然と微笑みが浮かんだ。
「……ときどき、ここでいいのか悩むよ」
右手で髪をわしづかみし、丸めた膝に顔をうずめる。
リーノの呟きが聞き取れず、ミオはもう一度言いなおしてもらおうとしたが、リーノは口を開いてくれなかった。
あまり触れてほしくないのだろう。
誰にだって感傷的な気分になることもあると、ミオは黙ってリーノの隣に居ることにした。
ぼんやりとリーノを一瞥し、中性的な顔立ちに息をのむ。
だが右腕から血が流れていることに気づくと、あわてて身を乗りだした。
「! なんだよ」
「リーノ。血」
どうやら腕の出血に気づいていなかったようだ。
リーノは顔をしかめ、さっさと腕を引っ込めてミオの視界から隠してしまった。
「……大丈夫?」
「いい。……どうせすぐに治るから」
傷を見て、リーノはため息をつく。
ハンカチを手渡したが、リーノが使うことはなかった。
リーノは他の船員に比べて、一線を引いているのかもしれない。
みんなの仲の良さは微笑ましいが、集団全員が仲良くする必要はない。
ただリーノの場合は、意地を張っているようにも見えて、孤独に敏感なミオには気にかかってしまった。
「――ミオ」
「! カイ?」
「ちょっと来い」
船員たちの輪から抜けてカイがミオの前に立つ。
手を引かれて立ち上がると、カイがいつもより気を強くしていることに気づく。
いつも穏やかなカイがほんの少し怖くなり、ミオは反射的に立ち上がって笑顔を取り繕った。
「ごめん、リーノ。行く」
「……あぁ」
そそくさと足を動かしてカイを追いかける。
階段を降りてずんずんと船の内部へ進み、カイの私室に押し入れられた。
バァン! と荒々しく扉を閉められる。
強い音に怖くなり、そろりとカイの様子を窺った。
どんな顔色をしているのか。
まだ把握しきれてないうちに、ミオはカイに押し倒されてしまう。
ベッドが重みに軋んで、五感すべてで青を敏感に感じた。
「……覚悟はしていたつもりだった。ずっと償いたかったんだ」
「カイ?」
頬が濡れる。
上から落ちてくるこれは……涙?
カイの瞳孔が鋭くなり、血走っている。
珊瑚色が濃くなって、ワインに溺れたみたいだ。
呼吸が早い。
皮肉に笑ってはミオの濡れた頬を撫でてきた。
「カイ。私、知ってる……?」
出会ったときから気になっていたこと。
カイははじめからミオを知る態度だった。




