第15話「どうせ帰るんだ」
「お前……」
「やべぇ……意識を取り戻しやがった!」
「おい、どうするんだよ!? これ以上傷つけたらなに言われるか!」
「知るか! 生きてさえいりゃそれほど問題はねぇはずだ!」
男たちは腰に差す短刀を握りしめて人魚を囲む。
人魚は舌打ちをし、地面に両手をつくと身体をねじって赤色の尾で男たちを叩きつけた。
「くっ……!」
だが手負いの人魚だ。
動きのノロさに男の一人が短刀を人魚の尾に突き刺す。
もう一人の男は人魚の背後に回って首を絞めだした。
すでにボロボロだった人魚はぐったりとし、抵抗できなくなってしまう。
(ダメ。傷つけないで。争いたくないよ。なのに――)
なぜ、この人魚は人に見つかってしまったのか。
海の深い場所に生息する人魚は、争いを嫌って人に姿を見せないはず。
……なぜ、そんなことを知っているの?
(わからない。でも今は助けなきゃ!)
いつもの癖だ。
困っているのに助けてもらえないのはとても悲しいことだから。
ミオは木箱の破片を握りしめ、なりふり構わず男たちに突進した。
「ぁああああっ!!」
「ギャーッ!?」
破片を上から勢いよく振り下ろし、人魚の首を絞める男の背中に突き刺した。
血が飛び散り、ミオの頬に飛ぶ。
匂いに当てられてミオはよろめいてしまった。
「ざけんなクソあまが!」
「うあっ!?」
殺される――。
絶体絶命の状況に動くことが出来ない。
勢いのままに振り下ろされる刃がやけに鈍く輝いて見えた。
「ミオッ!!」
視界が涙ににじんでいく。
強張っていたミオの視界は涙でにじんだ。
「カイ……!」
青色ってこんなにもキレイだったんだ――。
路地裏を抜け、カイが男に飛び蹴りを食らわせる。
強烈な一撃に男は気絶した。
一瞬で片がついたと圧倒されているうちに、カイが気絶した男たちをあっという間に縛りあげてしまった。
助かったとわかるや、ミオは血まみれの人魚の安否を確認した。
(よかった。人魚さんも無事だ……)
傷はあれど、命に別状はなさそうだ。
男たちが捕まるのを静観している。
「ミオ」
低い声にミオの肩が跳ねた。
顔をあげた先に険しい表情をしたカイがいる。
相当怒っているようだと、ミオは焦ってジリジリと後ずさった。
「カイ……」
「また危険なところに突っ込んで。仕置きが必要か?」
カイがミオの前にしゃがんで顎を掴む。
親指で下唇をなぞられ、ミオは頬を朱に染めた。
目を細めたカイの視線は冷ややかで、手袋越しに指先がミオの首筋から胸におりていく。
「んっ……!」
首筋に唇が寄せられ、湿った感触が撫でる。
チクッとした痛みが走り、ミオは口を手で押さえて声を我慢した。
「そこまでにしろ」
唇が離れると、カイは鋭い目をしたまま顔をあげ、黙っていた人魚に振り返る。
「人魚狩りにあうとは災難だったなぁ?」
人魚に対し、カイは意地悪く微笑んで挑発した。
危険な目に遭ったわりに、人魚は平然とした顔でほくそ笑む。
「助けてくれたことは礼を言う。……だがそれだけだ」
「ふーん。じゃあここに置いていこうかな」
「ほざけ。それをその娘が許すか?」
じろりと見られ、ミオは身を引く。
人魚ははじめて見る存在のはずなのに、不思議とミオはそこまで驚かなかった。
「お前を探していた」
人魚の赤茶色の瞳は威圧的だ。
ミオは圧倒されて声を出せない。
それもほんのわずかな時間のこと。
人魚はスッと目を細めて疲労を表にした。
「……が、今はやめておこう。助けられた身だ」
「あ……」
「海へ帰りたい。手間をかけるが、海まで運んでくれないか?」
「ずいぶんと偉そうな人魚だ」
眉をひそめてカイは前に出ると、人魚の身体を肩に担ぐ。
荷物のように扱われ、人魚はグチグチとカイに苛立ちをぶつけながらも、しっかりとしがみついていた。
その後ろ姿をミオは罪悪感に飲まれながら追いかけた。
「ミオッ!!」
船まで戻ると、鼻を真っ赤にしたジュリアが駆けてきてミオに飛びついた。
「よかった! ミオになにかあったらあたし……!」
「ごめんなさい……。ありがと、ジュリア」
無謀に飛び出し、姿の見えなくなったミオにジュリアは胃が縮む思いをした。
ミオの無事な姿をみて、緊張の解けたジュリアは安堵の涙を流す。
「ミオちゃん。おかえり」
ジュリアに寄り添っていたエルダがミオを出迎える。
やさしい二人の抱擁にミオは泣きそうになり、唇を噛みしめて我慢した。
(二人とも大好き。仲良くしていたい。そのためには――)
不穏しか招かないミオは口を開かないでいるのが吉だ。
応援に徹し、いつか祝福の言葉を言えるように。
相手のためだと思って行動すればこれ以上、傷つかないで済む。
(どうせ帰るんだ。……帰らないといけないんだから)
そう言い聞かせて。
本心は今、必要ない。
酸素を思いきり吸い込み、そのまま飲み込んで口角を上げた。
「カイ。そいつは……」
船の前で荷物を積んでいたドクが目を見開き、近づいてくる。
カイは肩に担いだ人魚をおろし、両手を叩いて砂を払った。
人魚は身体を引きずり、海へと身を落とす。
水しぶきをあげ、情熱的な赤髪を振って海から顔を出した。
「感謝する。もう海には戻れないかと思っていた」
「人魚が捕まるなんて、なにをしていたんだか」
「……さあ。お前と似たことかもしれん」
挑発する人魚の言葉にカイは虚ろな視線を返す。
人魚はカイの反応をつまらなそうに見た後、浜に身を乗り出してミオを手招きした。
ジュリアに背中を押され、ミオは走って人魚の前で膝をつく。
すると突然、人魚はミオの手首を掴んで海へと引き入れた。
海に引き込まれるや、早々にミオの身体は沈み出す。
足が枷をはめられたかのように動かなくなり、手を上に伸ばしてひたすらに抵抗した。
穏やかに揺れる海は、いつもミオに厳しい。
泳げないミオを小馬鹿にしているみたいだ。
《戻らないと思っていた》
頭の中に直接声が響く。超音波のように振動した声にミオは海の中で目を開いた。
なぜ、海でも平然と目が開けるのだろう?
泳げないミオにとってはじめて知る海での景色だった。
赤色の波打つ髪をした人魚は妖艶に微笑むと、ミオを浜に押し上げる。
「ごほっ……ごほ……!」
「ミオ! 無事か!?」
投げだされたミオをカイが受け止め、背中をさすって海水を吐き出させた。
「あ……!」
すぐにお礼を言うべきところだが、ミオはあわてて海に視線を戻す。
人魚の姿はすでになかった。
ミオの中にある空洞が、人魚に出会ったことでヒューヒューと乾いた音を立てた。
(あの人魚はいったい……?)
風が吹き、潮の香りがやけに鼻に張り付く。
慌ただしい時間が終わり、日が沈んでしまう前にミオたちは船へ戻った。




