表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

第13話「今はこれで我慢する」

洞窟を進んだ先に光がこぼれている。


奥からはどこか懐かしい花の香りがした。


かつては耳鳴りでしかなかった音。


今は心地よく響く音。


光に足を踏み入れると、超音波のように音がミオから広がっていった。



『きれい……』


出口を抜けた先の光に目が慣れる。


透明度の高い泉に、それを囲む白い花。


木漏れ日と、金色の砂が見えるほど透き通る水。


さらさらとした流水音と、枝を移動する小鳥たちの鳴き声が耳に馴染んだ。


湖の向こう側には小さなアーチがあり、海に続く道となっているようだった。



「ここ、ミオと出会った場所なんだ」


「えっ?」


カイの呟きはわからないはずなのに、穏やかな眼差しがミオを震わせた。


船で目を覚ます前のことはわからない。


カイとは初対面ではないだろう。


それはカイの甘ったるい態度でわかりやすい答えだった。



砂浜で一人、言葉の通じぬ世界。


それよりも前に何を見ていたのだろう?


思い出そうとして、青色の稲妻が脳に走った。


冷静になろうと泉まで駆け、つま先を水に浸そうと前に出した。



「きゃっ!?」


泉に足を踏み入れると足が砂に引っ張られる。


「ミオ!!」


水しぶきが空に飛散し、やがて重力に逆らえずに落ちていく。


雨のように水が頭部に降り注ぎ、下半身はすっかり水に浸かっていた。


カイにギリギリのところを救われ、恥ずかしさに濡れた前髪を耳にかけて目を反らす。


「ごめんっ! あ、ありが……」


自ら招き寄せた至近距離は、唇が触れそうなほどに距離が近い。


息が重なってしまいそうだ。



「ミオ」


甘い声に呼ばれると、身が強張ってしまう。


目は反らせても、腰に回された腕のせいで身体の向きは変えられない。


(ど、どうしよう……!)


頬が紅潮し、パニックを起こしそうなのをなんとか耐え忍ごうとする。


目をぎゅっと閉じて視界を閉ざすと、今度は毛穴という毛穴から汗が吹き出てきた。



ドクン、ドクン、ドクン……。


心臓の音を頭の中で追いかけるくらいにめまいがした。


「…………」



チュッ……。


そうして身を強張らせていると、頭上でリップ音が鳴った。


途端に喉の奥が焼けて、心臓はきゅっと締めつけられた。


おそるおそる目を開くと、珊瑚色の瞳が悪ガキの顔をしており、再び迫ってくる。


「今はこれで我慢する」


(あ、あ……ああああぁぁぁああああっ!!!)


燃えるように顔が赤く染まる。


次に触れたのは日焼け止めを塗りたくった頬。


甘さに火傷して、焼け焦げて、となってミオは足元から崩れた。


(これってあれよね!? 冗談がすぎるわ! キ、キス……って、その……す、す……!)


人の好意に不慣れでも、カイからにじみ出る愛情には気づいてしまう。


周りから嫌悪されていたミオには、なぜ好意を向けてくるのか理解できない。


大切にされるのは裏があるのでは?


何事にも理由を求めてしまう。


「生きててくれてよかった」


穏やかに、カイは呟く。


それをミオは聞き取れない。


「付き合ってくれてありがとう。……船へ戻ろうか」


手を差し出され、ミオはおずおずと赤面したまま手を重ねた。


一歩一歩が重くて離れがたい気持ちになる。


柔らかな物腰に胸の奥が甘くうずいた。


(私、まだ帰りたいと思ってる?)


欲求を口にできるほど自信はない。


気持ちを押し殺すことに慣れてしまったから――。




船へ戻るとエルダが砂浜で焚火を起こしていた。


カイとミオが戻ってきたことに気づくと立ち上がり、大きく手を振って迎えてくれた。


「おかえり~」


「エルダ!」


ミオはエルダと目が合うとすぐに走りだし、甘えるように抱きついた。


バニラに似た香りはミオの乱れた心を癒してくれる。


「ミオちゃんは甘えん坊なのねぇ」


元の世界でミオに友達と呼べる人はいなかった。


強いて言えば同じ児童施設の子たちの面倒をよくみていたが、じきに廃園となるので順次に別れていき、ミオだけが残った。


引き取り先がなかったためだ。


その背景から、ミオは女友達という存在に強い憧れを抱いていた。


そんな念願の友人に、ミオは罪悪感を抱く。


それさえもおこがましく、恥でしかない。


「じゃあ、また明日戻る」


「うん」


カイがひらひら手を振り、背を向けて元来た道を歩きだす。


「――どこ行く?」


とっさにミオはエルダから離れ、カイを引き止めてしまった。


気まずいくせに、抑制力より先に言葉が出てしまう。


引き止めたくせに、その先は何も言えなくて視線は落ちてしまった。



もう夜遅いよ?


島の内部に入るのは危ないよ……。


心配は言葉に出来ない。


振り返ったカイは瞳をいつもより赤くして感傷的に微笑んだ。


まるで泣くに泣けない子どものようだと思ったのも束の間……――チュッと、二度目の頬にキスを受けてしまった。



『ひぃあああああああっ!?』


ミオは後ずさり、触れた頬を押さえて悲鳴をあげる。


ケラケラと腹を抱えて笑うカイに、ミオは機嫌を損ねてシャーシャー猫と化した。


「バカ! 変態!」


(前言撤回! カイは特別だけど、特別ヘンタイだ!)


「ははっ! そんな言葉まで覚えたんだ」


ミオの成長にカイは喜ばしいと笑ったあと、結局は手を振って去ってしまった。


日が沈みだそうと海へ傾くなか、長く伸びた影を見つめる。


(イタズラが過ぎる……。どうしてカイは見ず知らずの私なんかを……)



「ミオちゃんはカイのこと、好き?」


ハッと顔をあげ振り返ると、物思いに沈んだ微笑みを浮かべるエルダがいた。


エルダの恋心を理解し、ミオは自分に問いかける。


どうしたい、と――。



「カイ。助けてくれた人」


ミオはにっこりと笑うことを選ぶ。友人を傷つけたくない。


愛情不信は治らない。


「……そっか」


エルダは目をそらし、焚火の前に座りこむと空を見上げる。


あとからラウロたちがやってきて、釣れたての魚とキヤルマで購入した調味料で料理し、ちょっとしたバーベキューもどきを楽しんだ。


時折、リーン、リーンと涼やかな音がする。


ミオは音に気づかないふりをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ