第12話「彼だけの、秘密の場所」
キヤルマの町を出て五日。
船を渡らせ無人島にたどりつく。
キラキラ光る金色の砂浜。
島の中心にそびえる巨大な岩を囲むように南国の木が生い茂っていた。
からっとした空気に、肌をチクチクする陽射しはミオをワクワクさせるが、そのままでは日焼けしてしまう。
ジュリアにもらった強力な日焼け止めを、保湿も兼ねて塗りたくった。
「エルダ! 島! すごい!」
ミオがはしゃぐとエルダが穏やかに笑う。
波音だけが静かに広がる自然豊かな光景に、忙しない日々を送っていたミオの心は安らいだ。
「この島、カイ好きだよねぇ」
「無人島もたまにはいいだろ?」
どうやら何度もこの島を訪れているようだ。
海賊らしく宝探しをするのかと思っていたが、残念ながら停泊するだけのよう。
ここに来てずいぶんと時間が経過したが、ミオの知る海賊らしさはまだ見ていない。
自由気ままに海を渡る人たちでしかなかった。
「ミオ。一緒に来て」
皮手袋をしてランタンを持つカイが、紳士のようにミオに手を差しだす。
「ミオちゃんは、いいの?」
それを見ていたエルダが消え入りそうな声で呟いた。
ミオには聞こえたが、カイには届かなかったようだ。
首を傾げるカイに、エルダは首を横に振ると、淡く微笑みを浮かべた。
「ううん、なんでもない。いってらっしゃい」
エルダに見送られ、ミオはカイと無人島に降りたった。
寂しげに微笑んだエルダの顔が離れず、ミオはこのままカイについていっていいのか思い悩んだ。
あれは恋する女の子の顔だ。突然現れたミオは、エルダにとって恋敵でしかない。
船がだんだんと遠くなり、どこまでも続きそうな砂浜に時間の感覚が鈍っていく。
罪悪感が砂に足跡をつけては、波にかき乱されていった。
「少しは慣れたか?」
カイに声をかけられ、ボーッとしていたミオが顔を上げる。
ほんのりとカイの耳が赤くなっていることに気づき、気恥ずかしくなって目をそらした。
「みんな、やさしい」
ミオが砂浜を見つめて返事をすると、指がさらに深く絡みだした。
言葉を覚えていき、以前よりも余裕の出たミオはカイの顔色にも気づくようになる。
船員たちの前では強気で胸をはるが、ミオの前ではやわらかい表情が多かった。
人の嫌悪には敏感だ。
好意は向けられなかっただけで、いざ知れば繊細に胸が震えるくらいにわかってしまう。
カイはミオに寄り添ってくれるが、スキンシップ過多な一面もある。
男性免疫のないミオには刺激が強い。もっとスムーズに話ができたらとも思う。
ミオにとってカイは特別だ。
カイがミオに見せる好意と同じものかは、好意に対する対応に慣れておらず、答えは出せなかった。
ただ一つ、ミオの中で今までと異なる回答が生まれていた。
(いつのまに、帰りたいって考えなくなったんだろう)
異世界にやってきて、言葉も通じない。
帰らなくては、と考えていたが日に日にその思考は遠ざかる。
あくまで義務感や人らしい心理で、自分に言い聞かせていたのかもしれない。
言葉の通じないことは、今までのミオには“悪”だった。
今は違う。
言葉がなくてもミオを受け入れてくれる環境があると知り、居心地の良さを覚えてしまった。
長年憧れた同性との友情にも触れ、ミオはこれまで感じなかった喜びを得た。
他の船員たちとももっと交流したい。
元の世界より、今の場所の方がミオにはやりたいことや目標が多かった。
「足場に気をつけて」
砂浜が途切れ、海との境目になる岩場にたどり着く。
波が寄せるたびに岩場の隅に白い泡がたまり、潮の匂いが濃くなった。
波で削られたアーチ状の岩場を抜け、奥へと進むと大きな洞窟があった。
そこにランタンを灯して入っていく。
真っ暗で先の見えない洞窟に、ミオは怖じ気づきそうになりながらも勢いで足を踏み入れた。
「こわい?」
水の波紋が広がる音がした。
ランタンの灯りを頼りに足場をさぐりながら前に進む。
海沿いの田舎に住んでいたこともあり、整備されていない道にミオは慣れている方だ。
とはいえ、天然の道は不安定。
カイの手が支えになければ前に進むのも恐ろしかった。
「はじめて」
「ん?」
「外、出なかった」
孤児院暮らしのミオが町の外に出ることは少なかった。
学校と施設の往復で、たまに外ででこぼこ道を確かめながら歩いていた程度だった。
「急にこんな場所に来て、不安はないか?」
暗くてランタンの灯りだけでは表情が見えない。
カイの声が震えているのはわかる。
ランタンの灯りを見つめ、ミオはカイの目を見ることなく言葉を続けた。
「たのしい」
長い間肩身の狭い思いをしていたミオには、今が背に翼が生えたように軽い。
「みんな。友だちに……」
「なれるさ」
――リーン……。
前方から風が吹き、ミオの長い髪が後ろになびいた。




