第10話「ミノタウルスのエルダ」
「きゃーっ! カイ、ひっさしぶり!」
エルダが腰をくねっとさせ、朗らかにカイを呼ぶ。
「エルダ? 隣町にいたんじゃなかったのか?」
「収穫なしだったからキヤルマでぶらつこうと思って。予定より早く会っちゃったね」
「元気そうでなにより」
トントンと会話を弾ませる二人に、ミオは圧倒される。
仲が良くなくてはこうも会話を交わすことが出来ないはず。
気さくな空気に羨望するとともに、チクリと胸に針が刺さった。
「そっちはな~んか大変そう? 手、貸したほうがいい?」
「頼む」
カイの願いにエルダはニヤリと口角をあげ、瞬時に地面を蹴り上げた。
ミオが見上げるくらい高く飛び上がったエルダは、唖然とする海軍兵に強烈な蹴りを食らわせる。
路面店へ海軍兵は吹っ飛ばされ、再び破壊された店にエルダはわざとらしく口笛を吹いた。
「ミオッ!」
エルダが戦っている間に、カイは人混みをすり抜けてミオに手を伸ばす。
「止まれ。これ以上、騒ぎを大きくするな」
あと少しで手が届く――そこまで距離が近くなった時、ミオの首元に鋭い刃が触れていた。
「人質をとるとはずいぶんと余裕がないんだなぁ、海軍様は」
「お前を捕らえられるなら。……捕縛しろ」
アルノルドがミオを人質にとる。
カイが挑発しても動じないアルノルドに、エルダは攻撃を止めた。
即座に海軍兵がカイとエルダの手首を縛る。
(どうしよう。私のせいで二人が……)
望まぬ状況に打ちひしがれて膝をつく。
このままでは自己嫌悪に泣いてしまいそうだ。
そんな自分をミオは殴り飛ばし、歯を食いしばって身を乗り出した。
(どうせお荷物なんだ! だったらどうしたっていい!)
言葉も通じず、親の影さえつかめない。
どこぞの誰とも知れないミオが泣いても、ミオの味方になってくれる人はいなかった。
特別誰かに意地悪されたわけでもなく、同様にやさしくもされない。
常に一人、不安定な中で生きてきたミオに自己肯定感は育たなかった。
『――えいっ!』
――がぶり。
気の抜けそうな、気合いの入った噛みつきをする。
ミオは短刀をつきつけるアルノルドの手に噛みついた。
それが原因で首の皮を薄らと切ってしまったが、状況打破が第一だ。
突拍子もない行動にアルノルドは呆気に取られて苦笑いをした。
「はっ。おとなしそうに見えてずいぶんと野性的ですね」
強く噛んでいるのにアルノルドは痛がる素ぶりを見せない。
ダメージがないわけではなく、ミオを拘束する腕の力が一瞬緩む。
その隙を狙ってミオはアルノルドに肘打ちをして抜け出すと、一心不乱にカイのもとへ走った。
「カイッ!」
「よくやった、ミオ!」
カイは満足げに笑って、隠し持っていた折り畳みナイフで手首の縄を切る。
それにあわせてエルダが手首の縄を引きちぎった。
「なんて力だ!? これがミノタウロス……」
「その程度であたしを封じるなんて百年早いわ! あとミノタウロス言うな!」
「ぎゃーっ!?」
縄を自力で千切るエルダの怪力に軍人たちが絶句していると、エルダが飛びかかって拳で殴りつける。
怪力は自覚あれど、あだ名は断固として拒否していた。
「……バカが。相手はエルダだというのに」
エルダを怒らせてはならない。
アルノルドは軍人たちの墓穴を掘る姿に呆れ、助けようとはしなかった。
エルダの攻撃にダウンする軍人たちを、カイが動けないよう縄で縛りあげていく。
カイが安心して背中を預けられる戦士であり、仲間のエルダ。
通称・ミノタウロスと呼ばれる細腕怪力の女だった。
「ミオ、逃げるぞ!」
エルダの戦いに見惚れそうになっていると、カイに呼ばれてミオはその声に手を伸ばす。
兵たちの隙間をすり抜け、エルダが路面店の柱を軸に足を振り上げる。
軍人たちを蹴り飛ばすと柱が折れ、路面店が崩壊した。
「ごめーん! お金は海軍様に立て替えてもらって!」
「「ふ、ふざけんなーっ!!」」
まったく反省の色のないエルダの謝罪に、路面店主と軍人たちは激怒。
快活に笑うエルダを追おうと、軍人たちは鼻息を荒くして立ちあがった。
「止まれ! 追いかけなくていい!」
それをアルノルドが険しい表情をして制止した。
「隊長!?」
どうせ追いつかないとアルノルドは深く息を吐き、カイたちの方向に背を向けて歩き出す。
崩れた路面店の商品を拾っていき、町の治安維持に回る。
砂煙が落ち着いた頃、すでにカイたちの姿はなく……。
冷笑を浮かべるアルノルドと、困惑しながらも命に従う軍人たちが残された。




