第9話「心は生かしてくれない」
「こっちがカイで、これは僕ら海軍だ」
宝箱と船が描かれた枠組みがカイで、王冠と船が描かれた枠組みはアルノルドだ。
異世界に飛ばされて最初に見たのは船で争う光景だ。
この世界はミオが暮らしていた土地より穏やかではないのだろう。
電子機器のようなものもなく、文明レベルに違いがある。
国による統治がどこまで行き届いているかはまだ不明。
元の世界で言うと、アルノルドたち軍人は警察のような立ち位置のはず。
治安維持に努める軍隊と、自由を謳歌する海賊ではどうしたって固定概念の善悪がある。
正義の味方に値するのだろうが、悪役にされることに慣れたミオには、アルノルドが善人に思えなかった。
(海賊。……海賊って、私と大差ないじゃん)
平和な世界を脅かす存在。
ミオがいるだけで家も学校も、不穏な空気に変わってしまう。
海からやってきた“悪い子”の固定概念。
――ずっと、それを吹き飛ばしたかった。
『ベーッ……だ!』
「は?」
アルノルドの胸を突き飛ばし、ミオは逃亡した。
今はカイやジュリア、船のみんなを選びたい。信頼する相手は自分で決める。
逃走するミオにアルノルドは呆気にとられたが、すぐにミオを追いかけるよう叫ぶ。
「その女を捕らえろ! これは奴の女だ!!」
足にはまだまだ疲労が残っている。
船の上で足元不安定な生活をしていたためか、どっしりと構えた地面を走るのに慣れなかった。
それでも今は走らなければならない。
ミオは歯を食いしばってひたすらに駆けた。
(海賊だからなによ! それだけで判断できるほど知らないでしょう!)
同じようにミオのことを知らないくせに、好き放題言ってきた人たちを思い返す。
たまりにたまった鬱憤が爆発した。
「よっしゃあ! 捕まえたぞ!」
ミオは足が遅い。
必死に走ったところで軍人の足には敵わず、あっさりと捕まってしまう。
『離して! 離してよ!!』
“助けて”とただ一言、言える相手がほしかった。
誰にも心は届かないから、これ以上虚しくならないために声を押し殺す。
相手を睨みつけても、悪い子を助けてくれる人はいない。
「――女の子を」
今までは誰も助けてくれなかった。
迷惑をかけたミオを責める人はいても、心配してくれた人はいない。
太陽の輝きを背に、大きな影がミオにかぶさった。
路面店の脇から巨大な樽が飛んできて、海軍兵はとっさに避けるもうっかりミオを手放してしまった。
壊れた樽から赤紫の液体が流れだす。
あたりに強いアルコール臭が広がり、香りだけでミオは鳥肌を立てて酔いに足もとをふらつかせた。
そんなミオを、後ろからやわらかさがクッションとなって支えてくれる温もりが一人。
「おえらい海軍様が、女の子を泣かせてるんじゃないわよ」
チョコレート色の髪を一つに高く結った女性がミオを支えて立っていた。
きりっとした大きな目に、小麦色に日焼けした肌。
最も視界を奪うのは豊満な……胸!!
「あ……あれは”ミノタウロスのエルダ”……」
「その呼び方は嫌いだからやめぇーっ!」
「ぐぁっ!?」
エルダは屋台に並ぶりんごを手に取り、海軍兵の顔面に投げつける。
あっけにとられているうちに、エルダはミオの手を引いてささっと路面店の店主に料金を支払った。
「大丈夫?」
はっきりとした顔立ちに、ハツラツとしたよく通る声。
凛々しい美しさに見とれながらうなずくと、女性はニッと白い歯をみせて笑った。
「あいつら、意外と下品だから気を付けないと」
「ありがと!」
ミオのたどたどしい口調にエルダは目を丸くする。
それを面白がるわけでもなく、エルダははにかむと、短刀を構えて近寄ろうとする海軍兵たちを威嚇した。
「女の子に対してちょっとおいたが過ぎるのではなくて?」
エルダが毒を吐くと、アルノルドが一歩前に出てエルダを一瞥する。
「この街にいたのですね」
「ちょっと野暮用があってね」
どうやらアルノルドとエルダは顔見知りのようだ。
お互いに目は笑っていない。
すっかり騒ぎとなってしまい、アルノルドは眉をひそめて舌打ちをした。
「ミオッ!!」
人の波をかき分け、鮮やかな青色が頭一つ抜けてミオの視界に入り込む。
「カイ……」
やっぱりカイは助けにきてくれた。
見捨てられる経験しかしてこなかったのに、ここに来てからはやさしさに触れてばかりだ。
強張っていたミオの頬が緩くなり、胸に火が灯った。
カイに手を伸ばそうとして口を開くと、チョコレート色のポニーテールが視界を横切った。




