プロローグ「その孤独は何度も少女を殺した」
その孤独は何度も少女を殺した。
そして今日も自傷行為を繰り返す――。
太陽が沈もうとする夕暮れのこと。
たくさんの人が行き交う中、少女は制服を着て楽しそうに笑う女子高校生の背を目で追いかける。
物欲しそうな眼差しをした少女はため息をつき、わざとらしく前を向いて歩き出した。
すれ違うのは同じ制服を着た人か、夕飯の材料を買いに出てきた主婦ばかり。
これでも人が多い方だと思いながら灰色のシャッター街を歩いていると、物陰で不審な光景を見かけた。
放っておけばいいのに、こればかりは悪癖だ。
少女は衝動的に走り出し、物陰に立つ人影に向かってカバンを大きく振り上げた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさ……」
「そんな謝罪じゃなくてさ! あんたそんなご身分じゃないでしょ!? 調子に乗って――」
「ふんっ!!」
「あだっ!?」
同じ制服を着た黒髪女子高校生二人に、連続で見事なフルスイング。
壁際に追いやられていた涙目の女の子の肩を押し、少女は艶やかな金の髪を背中に流す。
攻撃を食らった女子二人は顔を真っ赤にして少女を鋭く睨みつけた。
「くっそ! またかよ、椎名 澪!!」
「よくわかんないけど、その子泣いてるよ? その辺にしてもいいんじゃない?」
「はっ……だってコイツが……!」
そこまで口にして、ようやく周りの状況に気づく二人。
いくら人通りの少ない商店街だとしても、その分音が響くので覗きに来る人はいる。
最近は何でも動画におさめてSNSに流してしまう。
古典的ないじめの現場を見れば、おいしそうな顔をして撮影する中毒者くらいはいた。
「ちっ……! 行くよ!」
危機的状況に二人は舌打ちをし、そそくさと逃げていく。
傍観者になっていた人たちもすぐにいなくなり、どこに人が消えたのかわからないガラガラの商店街に戻った。
澪はやけくそに汚れたカバンを手ではたこうとして、自分の手が震えていることに気づく。
それを見て見ぬふりをし、金の髪を背中に流して怯える女子生徒に反対の手を差し出した。
「大丈夫? 何があったかは知らないけど――」
「ひいっ!?」
女子生徒は肩をすくめ、短い悲鳴を上げた。
澪は目を丸くし、すぐに手を引っ込める。
わかっていたことだが、この正義感は澪にとっては裏目に出るもの。
いつものことだと澪は鼻で笑い、カバンを肩にかけて路地裏から出ていった。
――誰も、澪を好きになってくれない世界。
正義はいつも澪を悪役にする。
自分の救い方がわからない。
自分を傷つけることでしか、他者とのかかわり方を見いだせない。
地元行きのバスに飛び乗り、三十分ほどして終着となる海沿いの町にたどり着く。
澪が住むのは児童養護施設。
とはいっても町は過疎化し、子どもがいないため澪が出たら施設は閉じることになっている。
他の施設に移動しようにも、なかなか話が進まないようで澪は宙ぶらりんな状態だ。
バスに乗って高校に通う。
それが澪だけの日常だった。
(今日は危なかった。あのバス乗り遅れたら帰れないんだもん)
朝に一本、夕方に一本。
間に合わなければ町の人に迷惑をかけてしまうので、乗り遅れることだけは避けたい。
車で迎えにきてもらって、クドクド文句を言われるのは頭が痛くなる。
澪がおとなしくしていても、周りは澪を煙たがるか怖がるか。
その理由の一つとして、地毛の金髪があげられる。
マリーゴールドのような色をしており、若者がいない田舎では悪目立ち。
黒に染めたこともあるが、次の日には色が落ちてしまうので周りには気味悪がられた。
黒髪じゃないだけで不良だと言われる始末。
児童施設の子というだけで白い目で見られることが多かった。
「友だちもいないし。私、なにもしてないじゃん……」
誰かを助けても暴力的だと言われ、警察沙汰に巻き込まれることもしばしば。
まれに勇気を出して声をかけてくれた子もいたが、すぐに離れてしまう。
その理由は突然の転校だったり、不登校になったりと様々。
結局、何をしても澪は一人になる運命だった。
風が吹き、潮の香りが鼻をくすぐる。
波の音に目を向けると、柵の向こう側には夕日が沈もうとする海が光を瞬かせている。
本来ならば情熱的な夕暮れ色に染まっているだろうが、澪には色あせて見えていた。
「海……か」
(まだ少し、苦手だ)
澪は突然、海に現れた女の子として児童施設に引き取られた。
砂浜で泣いていたところを保護されたが、拾われたばかりのころは言葉が通じなかった。
澪は気持ちを伝えようと目で訴えることが多く、そのためか大きな猫目となった。
苦手な理由はもう一つ。
海に近づくと鈴のような耳鳴りがするからだ。
音から離れるべきなのだろうが、今日の澪はやけに感傷的だった。
“リーンリーン”と鳴る音に向かって歩きだす。
いつもは怖くてたまらないその音が、今は澪を包み込むようにやわらかく聞こえた。
引き寄せられるのはなぜだろう?
心拍数があがる。
砂浜を歩き、目を細めて太陽を眺めていると――。
「えっ?」
静かに打ち寄せるだけだった波が、急に空をおおう高さまで上がる。
波は澪を巻き取るようにのしかかり、己の意志で動くことも出来ずに泡を吐き出した。
呼吸もままならない。
そのまま何が起きたか理解する前に、澪の視界は暗闇に飲まれていった。
“どうしていつもいつも――……。ねぇ、お願いだから”
“――誰でもいいから、私を私として見つけて……”
「……やっと会えた。どうかオレを……」
澪の額に薄い唇が落ちる。
一瞬、開いた目もすぐに閉じて意識を飛ばす。
鮮やかな青色と珊瑚色が目に焼きついて、妙な懐かしさに心地よさを感じていた。




