第9話 変態塾
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「谷藤やるじゃん! それはセンスあるよ。センスない先生には一生思いつかない返答ですね」
ここまで話したところで、神崎先輩が口を挟んできた。最後のはずのトライが終わった後、おれはまた適塾にいた。
「キィーッ! なんだよ神崎、谷藤には甘いんじゃないか? 俺だってそんくらいの返答秒で思いつくわ、おっさん舐めんなよ!」
塾長が悔しがって言う。でもこれに関しては塾長の言うとおりだ。 まあ「秒で思いつく」は疑問すぎるが……。
「いや、絶対無理ですね。百回転生したって塾長には無理ですよ」
それが、おそらく百回未満でできたんすよ! 心の中でつぶやいた。
多くのストーリーでは転生やタイムリープのことは知られてはいけない、知られると世界が破綻するものも読んだ覚えがある。そう思っておれはこのループ中、タイムリープのことは一切他の誰かには言わなかった。
そもそもパンツの色を答えるためにタイムリープしているなど誰も信じてくれないだろう。頭がおかしくなったと思われるだけだ。おれは塾長に申し訳なく思いながらも、今回も黙っておくことにした。
「キィーッ! 思いつくもん、絶対思いつくもん。なんなら俺が谷藤に教えた気がする。うんっ、なんかそんな気がするぞ。なあ谷藤」
その通りっす塾長! ズバッと言いかけたが、すんでのところで思いとどまる。
「あっ、言われてみればなんか授業で教わったような気がするっす」
おれはあやふやに答える。
「気を使わなくたっていいぞ、谷藤。塾長がそんなセンスある返答思いつくわけないんだから。それに、いったい何の科目でそんなの教えるんですか。もし本当なら教えていただきたいですね」
「キィーッ! 教えたもん、絶対教えたもん!」
塾長がいつも通り子供っぽく悔しがる。
「あっ、そうだ! 思い出したぞ! 国語だ国語だ、教科書の文章問題だ。きっとそうだ。こんな問題だったぞ」
塾長は何かを思い出したらしい。近くにあったホワイトボードにさらさらと問題を書き始めた。
問1
『そっか、そっか、つまりお前はそんなやつだったんだな』
友人に言われてしまった主人公。さて、何をした?
模範解答
『今日のパンツの色を聞いた。』
問2
問1の答えをふまえて、つまり主人公はどんなやつなんでしょうか?
文中から漢字二文字で書き抜きなさい。
模範解答
『変態』
「はい、正解!」
おいっ! いつの日の思い出っすか!
「『はい、正解!』じゃないですよ。そんな大喜利みたいな出題あるわけないでしょ。『変態』が文中にあるわけないし」
こんな出鱈目にも神崎先輩は冷静だ。
「ふっふっふ、神崎残念! この本文中には『蝶の変態』ってフレーズが出てきまーす」
塾長が得意気に言う。それ、あたかもしれない!
「ぐぬぬ。確かにあったかもしれませんね……」
神崎先輩が珍しく動揺している。
「うっそーん!」
塾長が大人気なく言う。おいっ!
「生徒に嘘教えるとかこの塾どうなってるんですか。それによく考えるとこんな問題だったら、『人にパンツの色を聞くときは……』ていうの教えないじゃないですか」
いつも冷静な先輩が珍しく少しイライラして言う。
「キィーッ、そうだっ、友人が聞いてきたんだった。主人公にパンツ何色って」
「聞いてくるわけないでしょ。何の話ですかそれ。もう元の話要素ゼロじゃないですか」
「キィーッ! そうだ、今度こそ思い出した! 数学だ、数学の文章題だ」
また何かを思い出したのか、ホワイトボードに書いた国語の問題を乱暴に消すと、今度は数学の文章題を書き始めた。
問
太郎君は家から1500m離れた図書館に向かって分速46mで歩き始めました。その10分後に、太郎君がパンツを履き忘れたことに気がついた弟の次郎君が、兄のパンツを握りしめて分速96mで自転車で兄を追いかけました。さて、太郎君のパンツは何色でしょう。
「俗に言うパンツ算ってやつだな。中学受験でよく出るぞ」
ドヤ顔で塾長が言う。どこの中学がこんなの出すんすか!
「ゲヘヘー、パンツを握りしめながら自転車に乗ったら危ないぜ!」
「キィーッ! じゃ、じゃあ三輪車だ!」
ツッコむのそこじゃないっす!
「ゲヘヘー、それに兄がパンツを履き忘れているのを弟はどうして気がついたんだ?」
「キィーッ! き、きっと兄はズボンも履き忘れてたんだ!」
「それじゃ、図書館にたどり着く前に猥褻物陳列罪で警察に逮捕されますね」
神崎先輩まで、何言ってるんすか!
「それとやっぱりこんな問題じゃ、『人にパンツの色を聞くときは、まず自分からだろ』なんて教えないじゃないですか。解答にこれ書いて丸になるんですか? 出題者に喧嘩売ってて面白いですけど」
「キィーッ! 屁理屈言うな!」
塾長の方がやばいっすよ!
「ゲヘヘー、わかったぜ! 正解は分速96mだから、くろ、だぜ!」
突然、中島先輩が答えた。
「ふっふっふ、中島引っかかったな。聞いているのは太郎君のパンツだ。太郎君は分速46m、つまり答えは、しろ、だ。いつも言ってるだろ。問題文はよく読まなきゃ」
めちゃくちゃだ……。本当にここは学習塾なのか……。
「もうよく分かりましたよ。正解がそれなら、やっぱり『人にパンツの色を……』って教えないのが確定ですね。勉強に関係なくこんな返答を素で教えてたら変態塾ですね。改名したらいかがですか」
神崎先輩が呆れたように言う。
「キィーッ、そんなことしたら生徒が中島だけになるだろうが!」
相変わらず怒るポイントがおかしい。
「何言ってるんですか、僕も辞めませんよ。改名させた責任を取らないといけませんしね。僕の適塾愛をみくびらないでもらえますか」
なんだかんだ言って神崎先輩は適塾愛が強い。まあ改名されたら変態塾愛か……。
「辞めないんかーい。俺は神崎のことを誤解していたよ」
少し嬉しそうに塾長が答える。
「さっき少し言ったように変態には昆虫とかが幼生から成体に変わるって意味もあるしな。塾の名前としてありかも知れない。『変態』の『変』に『変態』の『態』で『変態塾』。あれっ!? 口にしてみると意外といい気がするぞ? 検討の価値があるかも知れない」
おい、このおっさん何回変態って言うんだよ。頼むっす。検討しないでくれっす! おれは心の底から願った。
「ゲヘヘー、ガキンチョから立派な変態に『変態』する塾ってか。俺様が講師やってやろうか」
「よし、頼むぞ中島!」
頼まないでくれ! このままじゃまずい。おれにとって貴重な居場所が無くなりそうな流れを止めるために、おれは話を戻した。
「で、続きを聞いてくださいよー」
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