第6話 スキー大好きー!
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「起きろ! 谷藤」
「塾長、死んだっす」
「おい、谷藤、先生は死んでないぞ。どうしたんだ? そんな真っ青な顔して。雪山で遭難した夢でも見てたのか? 昨日まで修学旅行で疲れているのは分かるけど、せっかく塾に来たんだからなんか勉強しとけ」
聞きなれたおっさんの声でおれは目を覚ました。命からがら俺は生還したのか? どうやらまたタイムリープして未来の適塾に戻れたようだ。 凍てつくような冷気がまだおれの体には残り、メンタルも凍死寸前だったが、なんとか力を振り絞ってまたまた極寒にアップデートされたあの最悪の出来事をいつもの三人に語った。
「塾長! 聞いてくださいよ。最悪なんすよ……」
……………………
「うぷぷぷぷ。谷藤、それは面白すぎるぞ! それでウケないなんてクラスのみんなはセンスないな」
「ゲハハー、俺様も大爆笑だぜ!」
この二人は大絶賛してくれた。
「センスない、本当にみんなセンスのかけらもない。そんなんでウケるわけないじゃないですか」
しかし、やはり神崎先輩は辛口だ。
「なんだよ神崎。これは絶対面白いだろ」
塾長が反論する。
「本当に塾長はわかってませんね。いいですか、そういう不条理系ギャグはもともとみんなから面白いと思われてる人がやらないと絶対にダメです。面白いと認知されている人が言うからこそ、意味がわからなくても『これが面白いってことなんだ』と安心して笑えるんですよ。面白いかどうか謎で、しかも人気もない陰キャの谷藤がやっても、笑ったらあんな奴と同類に見られるという恐怖もあって、素直に笑えないですよ。残るのは極寒だけですね。まあ地球温暖化対策にはいいかもしれませんけど」
毒舌メガネの本領が発揮された。
「たしかに全く同じことを言っているのに、俺が言うと大滑りして、クラスの人気者が言うとバカウケって結構あったな……」
塾長が自分の暗黒の学生時代を思い出したのか、暗い顔で言う。
「塾長ならそうだったでしょうね。光景が目に浮かびます。まあ、僕は勢いだけのこんなギャグは嫌いですが、もしこれで笑いを取ろうと思うのなら、まずクラスの人気者になってからじゃないと無理ですよ。まあ谷藤には不可能だと思いますけど」
神崎先輩の言葉の氷柱がざくざくおれにささる……。
「おい神崎、さすがにそれは言いすぎだぞ、いくらクラス一人気がないとはいえ、谷藤がかわいそうだ」
塾長、それはフォローなんすか! おれは泣きたくなった。
「神崎先輩! やっぱりおれは死んだ方がいいってことっすか」
おれは泣きそうな声で言った。
「いや谷藤、考えが飛躍しすぎです。僕はそこまでは言ってませんよ。むしろ賞賛したいですね。陰キャの立場でこんな寒いギャグを最後まできっちり二回もやりきるなんてすごいです。そこは逆に評価に値しますよ。滑りなれてる名スキーヤーの塾長やメンタル無限大の中島ならいざ知らず、谷藤レベルがそんなに滑ったら本当なら一回目で即死ですよ。よく頑張りました」
泣きそうな顔のおれを見て少し悪いと思ったのか、神崎先輩がフォロー(?)してくれた。でもそれ本当に褒めてるんすか!
「キィーッ! スキー大好きー!」
「ゲヘヘー、さすがは迷スキーヤーだぜ!」
「滑り続けて崖から転落ですね」
「キィーッ! やっぱりスキー嫌ー」
目の前ではいつも通りの不毛なやり取りが繰り返されている。でも確かに名スキーヤーの塾長はどんなに滑っても、全く凹んだりせず平然と親父ギャグを繰り返す。それに中島先輩もどんなにウケなくても無視されても下ネタを言うのをやめない。いいのか悪いのかよくわからないが、今のおれに必要なのはこの強靭なメンタルなのかもしれない。
だよな、そうだよな、ちょっと滑ったぐらいでいちいち死んでたら命がもったいないよな。
おれは凍死寸前から何とか持ち直した。もう腹を決めた。何度滑ろうともおれは最後には大爆笑を勝ち取ってみせるぞ! 神様見守っててくださいっす。
「じゃあおれは何て言えば良かったんすか。教えてくださいよ!」
おれは気を取り直してまた適塾のみんなに助けを求めた。
この時はまさかあんなにも絶望のループが続くとはまだ知らずにいた……。




