第8話 愛と青春の②
「でも今決めた! 次からはちゃんと言うよ。他人に迷惑をかけるのは良くないって。ずっと思ってたんだ。なんだけど、空気読めないとか言われたり、嫌われたり、仲間外れにされるのが怖くて言えなかったんだ……。でも、谷藤と話してたらそんなのどうでもよくなってきた。テメェはすごいよな。いくら嫌われても、気持ち悪がられても、友達一人もいなくても全然平気でさ。それで自分の好きなことを誰に遠慮することもなく貫いててさ。そっちのが大人じゃないか? やっぱり、かっこいいよ」
今野が本気とも冗談ともつかない感じで言う。別に嫌われても全然平気ってわけでもないんだけどな……。
「なんだよ、これってほめられてるのか?」
「ほめてるよ。まことだって、そのおかげで今は元気に学校通ってるぜ。まこと、学校に友達一人もいなくても全然平気だって。ひかるくんから聞いたんだって、『ぼくの周りにはいつも空気団の仲間達がいるんだ。あんまりやる気ない窒素君、やる気満々の酸素君、謎の留学生アルゴン君、ちょっと問題児の二酸化炭素君。いつもこんな愉快な仲間達に囲まれているから、人間の友達なんていなくたって大丈夫さ』って。最初はまことがヤバいやつになっちゃったって、変なことを教えた谷藤を恨んだこともあったんだけど、元気が出て明るくなったまことを見ていたら、これでよかったのかなとか思ったりして。今じゃ素直に感謝してるよ。アドバイスありがと。でも本音を言うと学校で人間の友達も作って欲しいけどね」
初めて知った。おれが冗談で言ったことを、まことくんはこんなにも真に受けていたとは……。弟がこんなこと言い出したらそれは心配になるよな。おれは今野に対して申し訳ない気持ちになった。
「な、なんかごめんな。おれのせいで」
「あのふさぎ込んでいた時のまことと比べると、今の方が絶対いいから気にしないで。でも本当に悪いと思ってるなら、一つだけ願い事を聞いてくれる?」
「なんだよ?」
まさか、またパンツの色を教えろとか言わないだろうな。「ゲヘヘー」中島先輩の顔が頭をよぎる。
しかし、今野の願い事は意外なものだった。
「わ、私と、友達になってください」
「え、お前まさかこれも罰ゲームか?」
「テ、テメエ、何言ってんだよ! そんなわけねーだろ! 人が勇気振り絞って言ったのに、ひどいよ」
「わ、悪い悪い。でも、おれなんかと友達になってお前になんのメリットがあるんだよ」
友達になってなんて生まれて初めて言われたかもしれない。おれは戸惑った。
「またおれなんかとか言った。良くないよ。それに友達になるのにメリットとかデメリットとか普通考えねーだろ。テメェは『イエス』か『はい』って言えばいいんだよ」
断る選択肢はないんすね!
少し前のおれだったら間違いなく、「ノー」か「いいえ」と答えていただろう。でも絶望のループを繰り返しているうちに、おれは今野に対して戦友のような感情も芽生えていた。それに、しばらく話しているうちにまことくんの姉であることも知り、親近感も芽生えていた。この申し出を断る理由はもうおれにはない。
「じゃ、じゃあよろしくお願いします」
「なんだよ、なんか丁寧だな。でもよろしくね。もう学校で塩対応はやめてくれよな」
「今野もな。『テメェ』とか呼ぶのもうやめてくれよな」
「えー、それはどうしよっかな」
今野がおどけた感じでいう。
「でも良かった。やっぱり願い事叶っちゃった。白狐君のご利益かも」
「なんだよ、さっきも言ってたけど、どういうことだよ」
「もう叶っちゃったから言うけど、私キツネ神社で『谷藤に友達が増えますように』ってお願いしたんだよ」
今野が意外過ぎることを言う。
「なんだよ。自分のことじゃなくて、そんなこと願う奴いるのか」
「ここにいるよ。だって、谷藤に友達増えれば、まことにも伝わって、まことも友達増えるだろ。まことは何でもひかるくんの真似をするからね」
「それなら、まことくんが友達増えるように願えばいいだろ」
「それも考えたんだけど、まことにとってひかるくんは神様みたいなもんだから、そこから願いが叶ったほうがなんかいいかなって思って」
いつの間にか、おれは陰キャから神様にまで昇格していたらしい。嬉しいんだか何だかわからない気持ちになる。
「本当に今野は自分のことより他人優先なんだな。自分のこと願ったおれって、ちっちゃいやつだな……」
「そんなことないよ。ほとんどの人は自分のことお願いするでしょ。それが当たり前だし、悪いことじゃないよ。あっ、でも、もう一人谷藤のことを願った人知ってるよ」
「えっ、誰だよ?」
今野だけでも信じられないのに、もう一人いるって……。
「中村君だよ。私行動班同じだったから一緒にキツネ神社行ったんだ。その時に聞いちゃった。これも、もう叶っちゃったから、本人に言っちゃうけど、彼は『谷藤が自分の力で人気者になりますように』って願ったらしいよ」
今野がおれの親友の名前を出す。
「何だよその願い事。わけわからないよ」
「面白いよね。『オレの力で谷藤を人気者にするのは簡単だけど、あいつ絶対それだとヘソを曲げるから』だってさ。中村君めっちゃモテるけど、ナルシストで変なキャラだよね」
今野が笑いながら言う。でも悔しいが中村の言うとおりかもしれない。中村が無理やりおれを人気者にしようみたいなことをやっていたら、おそらくおれは拒絶していたと思う。
「でも谷藤、いい友達持ってるじゃん。こんなにわかってくれている友達、普通いないぜ」
「あ、ああ。あいつは小学校の低学年以来の長い付き合いだからな」
「中村君、『谷藤には一生かけても返せないぐらいの借りがあるから、あいつのためにできることは何でもやりたいんだ』とか言ってたよ。なんか中村君がいじめられてたのを谷藤が助けたんだってね」
「何だよあいつ、そんなことまで話したのか。口が軽いな」
確かに小学校低学年の時にそんなことがあった。中村をいじめていたやつにおれが大怪我をさせてしまい、それをきっかけに今度はおれがいじめられるようになってしまった。それ以来、おれは周りと壁を作るようになった。でもこれは中村のせいでは決してない。彼に恨みとかは一切ない。
でもあいつ、そんなことを思っていたのか……。運悪く、学校はずっと同じなのに小二以来一度も同じクラスにならなかった。中村は、自分のせいでおれがこんな周りと壁を作るようになってしまった、とずっと思ってたんだな……。やっと同じクラスになれて、おれの教室での姿を見て心配になって、そんな願い事をしたのか……。「谷藤は昔からすごい男だったからな。オレは誇らしいよ」ループの最後に中村が言っていた。その嬉しそうな顔を思い出したら、何か胸に熱いものが込み上げてきた……。
おれは同類の陰キャだと思っていた中村が、「モテ王」と呼ばれるほどの人気者に変わっていったことに知らないうちに嫉妬していたのかもしれない。変われない自分と変わっていく親友。変わらないことがいいことだと自分に言い聞かせてきたおれにとって、それを親友に否定されている気持ちになっていたのかもしれない。だから、中村がおれのことを心配してるなんて全然考えもしなかったんだな。
今回のことで、変わることを恐れ過ぎていては成長しないことを学んだ。もちろん変わってはいけない部分、変えたくない部分は人それぞれ絶対にあるだろう。でも、それって本当に変えない方がいいのか、と考えてみることも大切なんじゃないか。おれは今そんなふうに考えるようになっていた。例えば、今は、今野に対して嫌なやつだという気持ちは消えている。これはきっといいことだ。




