第3話 履いてませんよ!
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「おい、谷藤! 寝てんじゃねーよ」
おれは同じクラスの女子の声で目を覚ました。
あれ? おれは適塾にいたんじゃ……? 夢だったのか……? 気がつくとおれはまた新幹線の車内にいた。窓には富士山が見える。目の前には今野が立っていた。あれ!? さっきもこんなのあったような。思考が夢と現実の間を行き来している。
「塾長、だから結婚できないんすよ」
寝ぼけている上に混乱したおれは変な返しをする。
「テメェ谷藤、何言ってんだよ! 私塾長じゃねーし、寝ぼけてんじゃねぇーよ。あと、私みたいなめっちゃ可愛い子が結婚できねーわけねーだろーが」
今野が少しいらいらした様子で返す。相変わらず口が悪い。だけど、密かに狙っているクラスの男子は多いと聞いたことがある。それに他クラスの男子が今野目当てにうちのクラスの前の廊下をウロチョロしているのもよく見かける。少し可愛いのは認めなくもないが、こんな性格ブスをよく好きになるよな。おれにはわからない。あと、人のことをテメェと言ったり、自分で自分を「めっちゃ可愛い」とか言うタイプの女子はほんとに苦手だ。
でも、どういうことだ? さっきもこんな状況でパンツの色を聞かれて大滑りしたような……。あれは夢か? そして適塾でなんて言えば良かったかを相談したような……。これも夢か?? そんな混乱の極みにいるおれにお構いなしに今野がしゃべり続ける。
「マジ超ブルーなんだけどー」
これはもしかして、この後来る質問ってあれか?
「テメェ谷藤、質問してやるからちゃんと答えろよ! 今履いてるパンツ何色よ?」
やっぱこれか! 何が何だかわからないが予想通りだ。まだ状況がよく呑み込めていないがとりあえず返答しよう。
こんな質問を唐突にされたらどう返すか普通は迷うだろうが、おれの中にはもう正解が用意されている。夢の中とはいえ、適塾で予習済みだ。(どんな塾だよ!)心の中で自分にツッコミを入れつつ、おれはおぼろげな記憶を辿った。
あれ?? でも正解なんだったっけ? 頭の中には「愛と青春のランニングマスィーン」のことしか残っていない。ちょっと焦ったが、おれは記憶の底からなんとか正解を引っ張り出した。これだっ! いや、待てよ……。少し違和感があったが、おれは立ち上がり返答した。
「心配してください、履いてませんよ!」
「キャーーーー!!」
すぐさま少し離れた席からこちらを伺っていた陽キャ女子グループが騒ぎ出した。
「なんだよアイツ、陰キャのくせにパンツ履いてないって」
「べらぼうめえ! 陰キャの上に変態とかあいつマジ終わってやがるぜ」
陰キャのくせにとかなんだよ。パンツ履こうが履くまいが俺の勝手だろ! パンツ履いてないだけで変態扱いするのもおかしいだろ! 変な怒りが込み上げてきた。
しかし、周りで聞いていた男子達も騒ぎ出す。
「パンツも買ってもらえないなんて可哀想だな。心配しちゃうな」
ご心配ありがとう。でも、パンツぐらい買ってもらってるわ!
「昨日風呂場にパンツ忘れたの、やっぱり谷藤だったのか」
やっぱりてなんだ、やっぱりって、おれじゃないし! しかも、昨日パンツを風呂場に忘れたからって今ノーパンとかおかしいだろっ!
「いとあはれなりー」
意味わからん!
変な同情をされたり、謎に犯人に仕立て上げられたり、古文でディスられたりして、さらに怒りが込み上がってきた。
笑いも「谷藤すげぇ」の声も全く起こらないざわめきの中、行き場のない怒りを慰めてもらおうと、隣の席の親友の中の一人の中村を見る。
「まっ、まあ谷藤は昔から変態だからな、気にするなよ」
うっすら分かってはいたが、やっぱりお前は親友じゃない!
またも絶望に落とされて意識が朦朧としてきた。ヘナヘナとシートに座り込む。薄れゆく意識の中でこんなことを思っていた。塾長! 確かに女子に「キャーキャー」言われたっすけど、正解じゃなかったっす。ん、そうだった、そもそも正解じゃないんだった……。返答前の違和感の正体に今更気づいたが、時すでに遅し……。コンッ。




