第7話 愛と青春の①
「あっ、そろそろ行かなきゃ。私の家にはおなかをすかせた息子が二人も待ってるからね。もう、すぐ近くだからここでいいよ。送ってくれてありがとね」
スマホで時間を確認して今野が言う。気が付くともう20時を過ぎている。息子二人とはまことくんと父親のことかな。小学生には遅い夕食になってしまったかもしれない。それにしても本当に母親代わりだ。
「今から家に帰って夕食作るのか? 本当に今野はえらいよな。おれだったらそんなことできないよ」
「今日は修学旅行の代休だったから、適塾に来る前に作っちゃってたんだ。あとは温めるだけ。私意外と料理うまいんだぜ! でも、さっきも言ったけど、自分のできることをできる範囲でやっているだけだよ。料理を作るの楽しいし。それに、こんなんで私がえらいんだったら、世の中のお父さんお母さんみんなえらいよ。谷藤も自分の家族に感謝しなよ」
実の親の口から感謝しろとか言われたら反発心しか湧かないが、同級生の口から言われたら同意するしかない。
「本当に今野は自分以外の人のために頑張ってて、おれなんかと違って立派な大人だな」
今野の話を聞いていて、自分が子供だということを思い知らされている。おれは結局いつも自分のことしか考えてこなかった……。少し恥ずかしくなる。
「谷藤だって立派な大人だと思うよ。おれなんかとか自分を低く見すぎだろ。そうだ、私知ってるよ。去年からずっと教室の花を毎日のように世話しているの谷藤だろ」
「な、なんで知ってんだよ」
おれは校門前とかでほかの生徒たちが挨拶を交わしている中に、ぽつんといるとかが本当に苦手なので、学校には朝一番に来るようにしている。その朝の誰も来ないうちに教室の花瓶の花を取り替えたり、水を入れ替えたりしている。おれは近所の花屋の店長さんと仲が良くて、廃棄する花をよく無料で譲ってもらっている。花などの植物を見ていると癒される。苦痛でしかない学校生活を少しでも快適にするために、もちろん担任の許可は得ているが、自分のために教室に花を飾っている。
「何回か、早く学校に来た時に、こっそり観察してたよ。花を見つめながら微笑んでる姿がなかなか気持ち悪かったぜ」
今野がからかうように言う。
「なんだよ。気持ち悪いは言いすぎだろ!」
何人かのクラスメイトに花の世話をしているのを見られたことはあったが、おれみたいな陰キャなんかには興味もないのだろう、誰も何も気に留めていないようだった。それなのにまさか、おれをこっそり観察するようなやつがいたとは……。少し恥ずかしくなる。
「ごめんごめん、冗談だよ、全然気持ち悪くないよ。それに女子の中では結構評判いいんだぜ。お花好きな子多いからね。でも、とっても残念なことにみんな、谷藤じゃなくて山本先生がお花の世話してると思ってるよ」
今野が少し笑いながら、まだ二十代の女性の担任の名前を出して言う。まあ陰キャのおれなんかより若い女性の方が花は似合うよな。勘違いされていることは仕方ないし、どうでもいい。ただ、自分以外にも花を楽しみにしてる人がいることを知って、少し嬉しくなった。
「それはどうでもいいよ。結局、自分のためにやってるだけだし」
「そうかもしれないけど、それで喜んでる人が結構いるんだから、谷藤だって立派にほかの人の役に立ってるでしょ。それに、学校の花壇の世話とか勝手にやってるのも知ってるよ。この前なんか、他クラスの技術の授業の栽培課題の鉢植えの手入れまで勝手にやって『枯らすのも勉強なんだから』って先生に怒られてたでしょ」
いまだに植物の命を優先することの何が悪いのか納得がいかないが、ほったらかしているやつらの鉢植えの手入れをしていたら、技術の先生に見つかってこっぴどく怒られたことがあった。しかし、まさかそれを今野に見られてるとは……。
「おれは弱ってる植物を見るとほっとけないんだよ! それにお前、やっぱりおれのストーカーだろ!」
「あははー、そうかもね。でも、『世話するの忘れてたのにめっちゃ育ってるー』て言って喜んでた人たくさんいたらしいよ。それに、弱ってる人を見てもほっとけないんでしょ。まことのことも助けてくれたし、さっきも適塾で助けてくれたし、こないだも私の悪口を消してくれたし……」
そういえばそんなこともあったな。
まだ中二の時に、いつも通り朝一に教室に入ると、黒板と今野の机に、今野の悪口がびっしり書かれていたことがあった。「人の彼氏に手を出すな」、だとか、「このくそ女」だとか。
それを見たおれは、「やばい! 朝一に来ているおれが疑われる」と思い、慌てて雑巾で拭いて消そうとした。運悪く、消している最中にほかの生徒が入ってきて、やっぱりおれが悪口を書いているのでは、と疑われてしまった。手に持っているのが雑巾なのと、悪口の内容から、すぐに疑いは晴れたのだが、でもなんで谷藤が消しているんだ、みたいになって、かなり気まずかった覚えがある。
「言い訳だけど、けっこう後で谷藤が消してくれたこと知ったんだ。だから、ちゃんとお礼言えてなかったよね。今更だけど、ありがとね。おかげで直接目にしなくてすんだよ。私意外とそういうのショック受けちゃうんだよね」
「お、おう」
消したのは今野のためではなく、自分が疑われないためだったのだが、これは黙っておこう……。それにしても、今野は中島先輩と同類で何を言われても気にしないタイプかと思っていたが、意外と繊細なところもあるんだな。
「あれも結局、私らグループの悪ふざけの罰ゲームで、彼女がいる男子に嘘の告白をすることになっちゃって、そうしたらその男子がなんか本気みたいになっちゃって……。さんざん罰ゲームだったんだって説明したんだけど、なぜか『そんなはずはない』とか言って、わけわかんなくて……。しまいには彼女と別れるって言いだして……。それでその怒った彼女が、仲間と一緒にあんな悪口を書いたんだよ。結局、なんとか誤解を解いて一件落着したんだけど、マジめんどくさかったー! それなのに、陽子とか葵はともかく、幼馴染の紫織まで『なんか楽しかったー』とか言うんだぜ。ひどいよな!」
今更ながら、おれが知らなかったあの時の真相を説明してくれた。今野の陽キャグループのことは全員二年生から一緒だから多少知っている。平陽子がリーダー格で、自称江戸っ子。こいつはとにかくやかましい。江中葵は、いつも悪ふざけを企んでいるようなやつだ。二人とも周りの迷惑とかは気にしないで、自分たちが面白ければなんでもいいと考えるような人種だ。今野の幼馴染は少し良識がありそうだと思っていたが、結局同じ穴のムジナか。少し意外なのは、今野も同類だと思っていたのだが、なんか違いそうなことだ。
「でもそんなの自業自得じゃないか? まあ変な勘違い男だったのかもしれないけど、元はと言えば今野たちのせいだし。それに、罰ゲームとはいえ、嫌ならやらなきゃいいじゃん。そもそも、周りの人まで巻き込んで傷つけたりして楽しむって趣味悪すぎるぜ」
おれは普段から思っていることを今野にぶつけた。でも、これは怒るかな。
「やっぱりそうだよな。谷藤の言うとおりだと思う……」
あれ? おかしいほど素直だぞ??
「でも、いつもはみんな本当にいい子なんだぜ。それは信じてくれよな。でも、たまになんかおかしくなっちゃうっていうか……、楽しいのを最優先しちゃうっていうか……、私もそれに流されちゃうっていうか……、やっぱり私なんか全然大人じゃないよ……」
今野が歯切れ悪く言う。




