第6話 コケコッコー
「そ、それは、テ、テメェが……」
今野が口ごもる。
「おれがなんだよ?」
「テ、テメェが姉の私よりまことと仲がいいから、いつも腹が立ってたんだよ! わかるだろ!」
胸の中のものを全部吐き出すかのように言い放った。
「いや、わかるわけないだろ! そもそもまことくんが今野の弟だってことを今知ったんだから!」
「そりゃそーよね!」
今野があっさり認める。
しかし、今野の怒りスイッチが入ってしまったのか、先ほどの「キツネの算術」の時のように早口でまくし立て始めた。
「でも、私のまことを取らないでよね! まこと、田んぼうずから帰ってくると、いっつも、今日もひかるくんかっこよかったぜ、とか、今日もひかるくんやさしかったぜ、とか、今日もひかるくんすごかったぜ、とか。田んぼうずがない平日にも、早くひかるくんに会いたいな、とか、ひかるくんのいない平日はつまんないな、とか、ひかるくんひかるくんひかるくんひかるくんって!! それに最近は私の料理にケチつけるようになって、ひかるくんだったらもっときれいに切るぜ、とか、ひかるくんだったらこんな焼き方しないな、とか。さらに、昔は、ねえちゃんのハンバーグが世界一だ、とか言ってたのに、今じゃ、ひかるくんの焼いたハンバーグが宇宙一おいしい、とか言うようになっちゃったのよ! どうしてくれるのよ! 私のまことを返してーー!!」
今野がすごい勢いで、今までおれに言えず腹の中に貯めていたであろう怒りを、全部ぶつけてきた。しかし、そんなこと言われてもな……。
「な、なんだよそれ。と、とりあえず、まことくんは貸したり返したり、取ったり取られたりするものじゃないだろ。今野の弟であり、おれにとっても弟。それでいいだろ」
今野の怒りに戸惑いながら、おれは言った。
「え、えっ、谷藤それって……。それって、私とけっけっケッケッケッケコケコケ、コケコッコーー」
お怒りのはずの今野が、なぜか急に動揺して、わけがわからないことを言ってきた。
「どうした今野? 頭おかしくなったか?」
「だって、おっ、俺おれオレの、オトおと弟って」
なんだこれは? 新手のオレオレ詐欺か?
ん、でも、まことくんがおれの弟、今野と結婚すれば本当に弟、あっそういうことか! 鈍すぎるおれもやっと気づいた。
「い、いや、本当に弟とかじゃなくて、弟みたいなものだってば、そっ、それにおまえ話が飛びすぎだろ!」
おれまで動揺してきた。でも今野もおれのようなモテない系男子なんかを意識しすぎだろ!
おれは自慢ではないが、生まれてこの方女子にモテた覚えがない。こんなにいつも学校でむすっとしていたらモテるわけがない。自分でもわかっている。でも、ずっと変えられずにいた。今野みたいなモテモテな女子が、そんなおれなんかの言葉に動揺しているのが不思議だ。
「そっ、そうだよな。ごめん。わっ、忘れてくれ!」
顔を耳まで真っ赤にした今野が言った。「キツネの算術」の話といい今日はなんか忘れなきゃいけないことが多いなあ。おれは思った。
忘れなきゃいけないことか……、そう思ったとき、おれは今野に確かめたかった心に引っかかっていたことを思い出した。
「話が戻りすぎて申し訳ないんだけど、そういえば今野、なんで最後だけ短歌で聞いてきたんだ」
「な、何のことだよ?」
「あの帰りの新幹線での罰ゲームだよ」
「だー、まだそれか! もうさすがにいい加減にしてくれよ! それに最後だけってなんだよ? あんな質問一回しかしてないだろうが!」
あれっ? 少し誘導尋問みたいにしてみたが、引っかからなかった。それともやはり今野には記憶がないのか?
おれはあの新幹線での「次で最後なんだからね」の言葉がずっと気にかかっていた。もしかしたら今野はあのループの時の記憶があるのでは? おれはループから抜け出し東京に帰ってきてからもそのことが気になっていた。
学校でまた会ったらそれとなく聞いてみよう。おれはそう思っていた。それがまさか適塾で今野に出くわして、こんなに早くチャンスが来るなんて……。
しかし、どうやら今野には記憶がないらしい。でも、もしかしたら胡麻化しているのかもしれない。おれも適塾ではタイムリープのことは黙っていた。どうしようか? 気にはなるが、やはりこのことは秘密にした方がよいのだろうか? おれは迷った。
その時だった。
突然、頭の中に厳かな声が響いた。
「キィーッ! これ以上聞いてはならぬぞよ!」
じゅ、塾長!? 全然声は違うが、もしかして後をつけてきたのか? あいつらならやりかねない。おれは適塾の面々を頭に浮かべながら、驚きつつ辺りを見回す。
しかし、何の人影もみつからない。あれっ??
「こ、今野、今、な、何か言ったか??」
動揺しながら聞いた。
「どうしたんだよ谷藤? そんなに焦って。私何も言ってねーよ」
あれっ?? 今の声はおれにしか聞こえなかったのか??
「だ、だよな。な、なんでもない」
そう返事しながらふと今野のカバンを見ると、暗闇の中、ストラップの白狐君の両目が怪しく赤く光っていた。しかも、おれをじっと見つめているような感じがした。
「うわあっ!」
おれは再び驚いて変な声を出してしまった。
「どうしたんだよ? 頭おかしくなったか?」
今野が気味悪がりながら聞く。
「白狐君の、今野の白狐君の目が、目がぁ……」
で、でも、いや、そんなはずはない。街灯の光かなんかが反射しただけだよな。
「白狐君の目がどうしたんだよ? やさしそうだろ?」
気を取り直してもう一度見てみると、もう白狐君の目は光っていなかった。
おれ、疲れているのかな? 昨日修学旅行から帰ってきたばっかりで疲れがたまってたんだ。きっとそうだ。おれは自分に言い聞かせた。気が付くと今野の記憶があるだとかないだとかどうでもよくなっていた。
「そ、そうだな。やっぱり白狐さんの意地悪そうな目とは全然違うな」
頭がおかしくなったと思われたくもないので、おれは冷静を装いつつ適当に答えた。
「だろ! やっぱりテメェは違いの分かる男だな! すっかり白狐君がお気に入りか? 『キツネの算術』見たらもっと好きになると思うぜ。ぜってー見てくれよな」
こんなにびっくりしているおれの様子を見て、気に入ったのかとか思う今野は少しずれているなと思ったが、違いの分かる男と言われて、少し嬉しいおれもいる。まあ本当は分からないのだが……。
「あ、ああ。でも、さっき今野が壮大にネタバレしてくれたから、ストーリー大体わかっちゃったぜ。塾長が『ネタバレは犯罪。取り返しのつかないという点で殺人と同じだ』ってよく言ってるぞ」
おれは少し嫌味っぽく今野に言った。「愛と青春のランニングマスィーン」といい、今日は良くネタバレされる日だな……。さっきは今野のしゃべりに圧倒されたけど、「キツネの算術」意外と面白そうだ、とも実は思っていた。ネタバレされたら楽しみ半減だ。
「あーー、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私も好きなアニメとかでそんなネタバレされたら親友の紫織だとしても絶対許さないわ。でも、さっき全然語りつくせてないからね。他にも見どころいっぱいあるから楽しめると思うよ。でも、本当にごめんね」
今野が良くつるんでいる陽キャ女子仲間の名前を出して言う。しかし、おれは今野に対して、いつも自分が正しいと思っていてめったなことじゃ他人に謝らない理不尽な奴だ、という偏見を持っていたが、決してそんなことはなかった。今日は良く謝られている気がする。あの新幹線の出来事に対しても……。おれはやはり他人のことをたいして知らないくせに勝手に決めつける人間だったんだな……。




