第5話 田んぼうず
「でも、まことくんってそんなにふさぎ込んでたのか? 学校にあまり行けてないとかはこっそり聞いてたりはしたけど、『田んぼうず』に来るといつも明るくて楽しそうだぞ」
「そうか、田んぼうずでは家の事情とか学校のこととかはあまり話しちゃいけないんだよね。もう谷藤にまことのこと色々隠してても仕方ないよな。でも、これはここだけの話な」
「あ、ああ」
流石にプライベートのことはパンツの色と同じで隠すべきだよな。
今野はさきほどの「キツネの算術」の時とは違って、落ち着いて静かに語り始めた。
「まことは、一年ぐらい前に初めて田んぼうずに参加したころは、全く学校に行けてなかったんだよ」
「そうだったのか」
おれは去年の5月、まことくんが初めて参加した時のことを思い浮かべた。引っ込み思案で消極的だったな。田植えのイベントで裸足で泥の田んぼに入るのを、ものすごくためらっていた姿が頭に浮かぶ。それでもおれと一緒に田んぼに入った後は少し楽しそうだった。
それから毎週のように参加するようになって、だんだんと明るくなっていったな。おれはまだ一年ぐらいしかたっていないが、なぜかとても懐かしく感じた。
「知っての通り、私のママは四年ぐらい前にガンで死んじゃったんだ。私が小五でまことが小一の時」
そんな小さい時に母親を亡くすなんて、おれには想像もつかなかった。自分の母親とはいつも口喧嘩ばかりしているが、母親がいなけりゃ困るなんてもんじゃない。口に出してはいないが、いつも感謝はしている。
「いないのは知ってたけど、そうだったんだな……」
さすがにこれは茶化してはいけない。おれは真剣な顔で言った。
「それ以来まことは、あまり笑わなくなって、何かをやっていて一瞬楽しそうでも、すぐに悲しそうな顔になって、ふさぎ込みがちになっちゃったんだ。それまでは何をしててもいつも楽しそうで、まことを中心に笑顔が広がってたのに……」
「小一で母親いなくなったら、そうなるのも無理はないよな」
おれは初めて来たときの元気のないまことくんを思い出した。
「私が小六の時までは、学校に行きたがらない日も無理やり一緒に家を出て、なんとか通えてたんだけど、私が中学生になってからは、一緒に行けなくなっちゃったせいか、あまり通えなくなっちゃったんだ。それでも週に二,三回は保健室登校とかだったりしたけど、なんとか行ってたんだけどね……」
「そうなんだ……」
「で、まことが小四に進級したタイミングで、ついに全く行けなくなっちゃったんだ。それまでもずっと家ではつまらなそうで、元気なくて、きっと学校でもそんな感じだったんだろうな。それで友達も離れちゃって、まことは言わなかったし担任の先生も否定していたけど、いじめに似た感じのこともあったのかもしれない。そんなんだったら行きたくないよな……」
なんか、おれのことを言われているみたいだ……。おれは小三ぐらいの時にいじめにあっていた。
「おれも小学校の時いじめられて、少し不登校の期間があったから、行きたくない気持ちすごいわかるぜ」
「でも少しだろ。そのあとは休まず通ってたんだよね。強いよな谷藤は」
「強くなんかないよおれは……」
おれはその時から学校では心を閉ざした。そうすることでなんとか自分を保っていた。なるべく休まず通ったのは、もちろん学校が楽しかったからではない。自分なりの意地のようなものだった。
「それで、家に閉じこもって、ずっと部屋で動画見たりゲームやったりするようになっちゃったんだ。それも死んだ魚のような目で……。全く面白くなさそうなんだよ。普通そういうものって楽しいもののはずだろ? 全然そんな感じじゃないんだよ。ただただ、時間を無駄に使ってるだけ」
その時を思い出したのか、今野の声が涙で少しかすれてきた。それは弟のこと心配だったよな。おれは同情した。
でも、まことくんも辛かったんだろう。おれは学校なんか本当に行きたくないと思っていたが、ずっと家にいるのもそれはそれで地獄なのかもしれない……。
「それでパパが心配して、小学生が参加できるイベントをあれこれ探してきて、嫌がるまことをなんとか説得して、田んぼうずの田植えのイベントに参加したんだよ。それからは谷藤も知ってる通り、ちょっとずつ元気になってね。その年の夏休み明けからは毎日学校に行けるようにもなったんだよ。しかもちゃんと教室に」
「そうだったんだ。それは良かったな。でも、なんで言ってくれなかったんだよ」
「だって言いにくいだろうが、あんなくたびれた主婦のようなカッコも見られてるし……。それに最初はこっちも『ひかるくん』が谷藤だなんて、全然気が付かなかったんだ。田んぼうずにいると、テメェ学校と全然違うじゃねーかよ。なんか小学生に囲まれてうれしそうだし、大人たちに交じってテキパキと仕事こなしてるし」
それはそうかもしれない。週末の活動では学校とは全く違って活発に動いている。小学生の参加者にその日にやることの説明をしたり、今ではボランティアの中でもベテランになってきていて、大人の他のボランティアスタッフに指示を出したりもしている。
「まあ、そうかもしれないな」
「ぜってーそうだよ。クラスのみんなも誰もあれを見て谷藤だとは気づかないぞ、きっと。それに『ひかるくん』が谷藤だと気づいてからは、私だって何回も学校で言おうと思ったんだよ。でも、テメェいつも不機嫌で不愛想で……、なんか思い出したら腹立ってきた」
「そ、それはお互い様だろ。今野だって口が悪いし、今だって言ってるけど『テメェ』とか言うし。しかもおれ以外の人にはそんな口調じゃないだろ。なんなんだよ!」
そう、今野はおれ以外とはもっと丁寧に話している。さっきの適塾での真面目モードよりはくだけているが、人に「テメェ」だなんて言っているのは聞いたことがない。おれも思い出したら腹が立ってきた。




