第3話 乗除之理邪式禁呪零割
「『叶っちゃったかも』ってどういうことだよ?」
おれは気になって聞いた。
「なっ、なんでもねーよ。だから秘密だって言ってんだろ! でも、『キツネの算術』知らないのに『白狐君もふもふストラップ』買ったのか?」
今野が聞いてきた。
「弟にお土産で買ったんだよ」
おれは一人っ子だが、土日のNPOの活動でいつもおれを慕ってくれている一人の男の子の顔を思い浮かべた。
「あれ? 谷藤一人っ子だよな?」
「なんで知ってんだよ! そうなんだけど弟みたいな存在がいるんだよ。その子がキツネの算術の白狐君が好きだって言ってたから買ったんだよ。このストラップはキツネ神社限定らしいしな」
おれはカバンに入れっぱなしだった白狐君の小さいぬいぐるみがついているスマホ用ストラップを取り出して今野に見せた。
気がつくと二人とも歩くのをやめて住宅街の街灯の下で立ち止まっていた。
「え、なんだよテメェ、これ『白狐さん』じゃねーかよ!」
「え、なんか違うのか?」
「全然違えよ! ほら良く見比べろよ!」
今野が自分のバッグに着けていた白狐君もふもふストラップを見せてきた。
えっ!? 一緒じゃないか?? 二匹の白い狐を見比べたが違いが判らない。でも確かによく見るとおれが買った方の台紙には「白狐さん」と書いてあった。
「ほら、白狐君の方は目が丸くて優しそうだろ? 白狐さんの方は糸目でエセ関西弁で性格悪そうだろ? なっ全然違うだろ、わかるだろ?」
おれの目にはどっちも同じ糸目に見える。あと人形見てエセ関西弁を話すとかわかる奴いるのか!
「ご、ごめん。全くわかりません」
「キィー! これだから素人は! じゃあ尻尾の数を数えてみろよ。さすがにわかるだろ!」
塾長か狐かが乗り移ったのか、今野までキィーキィー鳴きだした。おれは尻尾を確認した。
「白狐君は二本、白狐さんは三本か」
これならさすがにわかる。最初にこっちを教えてくれよ!
「白狐さんだから三本って覚えるのがコツよ」
今野が覚え方まで教えてくれた。
「それにな、白狐君は主人公の数川狐次郎を公私ともに支えてくれる素敵な相棒なんだぜ。そもそも狐次郎を助けるために大事な霊力が詰まった尻尾を一本犠牲にして二本になっちゃたんだ、泣けるだろ? それに対して白狐さんは敵だか味方だかよくわからん気まぐれ謎キャラ。わけわからないときに現れて、わけわからないこと言って、助けもしなけりゃ邪魔もしない。糸目の関西弁は強キャラって決まってるはずなのによ。強いか弱いかも存在理由もなにもかもよくわからーん。キィー、私そういうキャラあんま好かーん」
何か熱を込めて語りだした。普段の今野とは全然違う。
「そ、そんなに面白いのか? キツネの算術は」
今野の勢いに押されて、思わず聞いてしまった。
「面白いなんてもんじゃねーよ。神だよ。神アニメだよ。今野家では毎日お祈りささげてるぜ。いいかテメェ谷藤よく聞けよ。私がその魅力を余すことなく伝えてやるからな」
ここから劇団今野の上演が始まった……。
「『時は大正、束の間の平和を満喫する日本、そんな中、闇でひっそりと活動を始めた悪の勢力がいた。こことは別の世界、数我悪からやってきた、数屍鬼達の王、虹法帝屍鬼率いる数霊の軍団である。彼らはゆっくりと、しかし確実にこの人間世界に勢力を広げていた。それに対するは、日本古来の算術と剣道を組み合わせた数剣術を操る数剣士たちであった。人類の存亡をかけた計算が、今、始まる』
これがオープニングな。なっ、もうすでに面白そうだろ。続き気になるだろ?」
「えっ、今野……」
おれは普段と違う話しぶりの今野に少し戸惑った。
「でね、でね、第一話でね、主人公の数川狐次郎の実家が数霊たちに襲われてね。たまたま外出していた狐次郎と妹の因子を除いて、両親とほかの兄弟姉妹みんな殺されちゃうの。でね、その二人が帰ってきたときにまだ数霊たちが残ってて二人も殺されそうになっちゃうの。そこに数剣士の和差積商先生がギリギリ間に合って助けてくれるの」
何かのスイッチが入ったようだ。今野が早口でまくし立てる。
「でね、でね、その和差積先生がマジかっこいいの! イケボでイケオジ、私の大好物! 技名言うのがかっこよすぎる。いいか、よく聞けよ。
『加減之理壱之式足斬』
きゃーーー! かっこいい!
『加減之理弐之式引斬』
キャーーーー! かっこいいい!
『加減乗除之理応用式鶴亀斬』
まだまだあるぞ、もちろん聞きてえよな?」
自分の声真似に自分で興奮している……。どうした今野?
「わ、技はいいかな」
どんだけあるのか知らないが全部言いかねない勢いだ。
「なんだよつれねーな。まあいいや、じゃあ続き行くぞ。
でな、和差積先生が身寄りのなくなった二人を引き取って関西のどっかにある比例山の算道院ってところに連れていくんだ。ここで二人は一流の数剣士になって家族の仇の虹法帝屍鬼を倒すために、仲間とともに厳しい修行をするの。
これが第一期の『比例山修行編』ね。あ、そうそう白狐君は霊力を持った妖狐で約2500歳、霊力のある人と狐次郎にしか見えないとかいうお決まりの設定ね。数川家の守神で狐次郎が子供のころから見守ってくれてたの。比例山にもついてきて色々助けてくれるのよ」
マシンガンのような今野の早口トークにおれは圧倒されて言葉をはさめなかった。このままだと第二期の説明まで行きそうだ。止めなくては……。
「でね、でね、第二期が『解呪之公式探求編』ね。でね、」
しまった、何を言うか悩んでいる間に第二期が始まってしまった……。
「一年間の修行を終えた狐次郎と和差積先生は、虹法帝屍鬼を倒すのに必要な『解呪之公式』を求めて二人で日本中を旅するの。もちろん白狐君もついていったので安心してくれよな。でも、因子は数霊にかけられた呪いで数字アレルギーになっちゃって残念ながら比例山でお留守番な。
で、二人と一匹は旅の途中、襲ってくる数屍鬼四天王達を苦戦しながらもやっつけていくの。飛霊磐飛霊兄弟、厨翁血眼耳暗、吻怒鬼嬢鬼姉妹、剛童、全員強くて憎たらしいんだけどそれぞれ味があるのよ。
私の一押しはやっぱり剛童ね。敵なんだけど正々堂々としててかっこいいのよ! 自ら編み出した二刀流の剣法『剛童剰剣』を駆使して戦うのよ。三つの必殺剣『参辺双刀』、『弐辺夾角双刀』、『弐角夾辺双刀』 は覚えておくといいわよ!
おっと、そうそう、四天王なのに六人いるんじゃないかとかいう野暮なツッコミはなしだぜ!」
そんな野暮なツッコミどころか話に全くついていけてないぜ!
そんなおれは置き去りに今野の話はまだまだ止まらない。
「名言もたくさんあるぞ。『答案を燃やせ!』とか『諦めたらそこで計算終了だよ』とかテメェでも聞いたことあるだろ?」
「あ、なんか聞いたことあるかも。でも、面白さはもうわかったから……」
なんとか止めようとしたが、おれの言うことにはお構いなしにまくし立てる。
「でね、でね。ついに富士山の樹海の洞窟で『解呪之公式』を見つけるんだけど、洞窟を出たところであの憎き虹法帝屍鬼に待ち伏せされていて、二人と白狐君はピンチに追い込まれるの。あ、テメェ今思っただろ? 『解呪之公式』見つけたんだから倒せるんじゃないかって?」
い、いや思ってないっす。おれが何も言ってないのに、どんどん話が続く……。
「そんな甘くなかったんだよ。なんと『解呪之公式』だけでは何かが足りなくて、虹法帝屍鬼の虚数障壁を破壊できなかったんだ。それで全員ピンチになるんだよ。で、ここからが涙なしには語れない、完コピでお送りするからよく聞けよ!
『狐次郎、白狐君、俺は今から禁呪を使ってお前らを逃す。禁呪の代償は俺の命だ。あとは頼んだぞ! 俺の予想だが、おそらく虹法帝屍鬼を倒すには「愛」が足りないんだ。お前らは転送先でまずトウダイに向かえ。そこで「愛」の謎を解き明かすんだ! 最後に言っておく、今まで隠していたが、俺は実はブン系の数剣士だったんだ。どうやらブン系では力不足だったらしい。お前はこれからはリ系を目指すんだ。転送先で俺よりいい先生に会えるはずだ。子供のいない俺だが、お前ら兄妹は本当の子供のような存在だったぞ。この二年余り、辛いこともたくさんあったが、いい思い出の方が多い。人生の最後に満ち足りた気持ちだ。全部お前らのおかげだ。因子にも伝えてくれ。後は任せた。絶対虹法帝屍鬼を倒すんだ! 白狐君、俺の息子たちを頼んだぞ』
『キィーッ! 貴様、ワシの半分も生きていないくせに死ぬのは早いぞよ! なんとかみんなで脱出するのじゃ』
『白狐君、大雑把すぎだ。もっと正確には「ワシの63分の1も生きていないくせに」だろ。2539年も生きてるのにこんな計算もできないのか?』
『キィーッ! こんな時にも憎まれ口を叩きおって! とにかくみなで逃げるのじゃ!』
『でも、敵さんはもう待ってくれないみたいだぜ。残念だが、お別れだ』
『や、やだよ先生!!』
『乗除之理邪式禁呪零割』
『やめてよ先生! おれまだ先生に恩を返せてないよ!』
『和差積! 死んではならぬのじゃ!』
『いいか、愛を求めてトウダイへ行けぇ!』
『せんせーーーーーい!!』
な、泣けるだろ? こんな長いセリフのやりとりの間、ある程度だけど待っててくれた虹法帝屍鬼も敵なんだけど矜持があってかっこいいのよね。
でもやっぱり和差積先生の、『乗除之理邪式禁呪零割』よね! イケボここに極まれりぃ! もうかっこよすぎて瀕死爆死キュン死!! 『じょうじょのことわりじゃしききんじゅぜろわり』声に出して読みたい日本語ナンバーワン間違いなしよね。なっ、そう思うだろ?」
「あ、ああ……」
知らなすぎる言葉の洪水を浴びておれ瀕死……。でもまだまだ今野は許してくれない。
「でね、でね、気が付いたら狐次郎と白狐君は先生の生まれ故郷の村の海岸に転送されててね。で、先生の謎の言葉通り、そこから見えた灯台に向かうのよ。そしてそこで出会ったのが誰だと思う?」
「えっ、誰なの?」
分かるわけないだろと思いつつ、聞いてしまった。
「だよな、わかんないよな。私もわかんなかったよ。なんと、さっき死んだと思った和差積先生!!! だと思ったら、第一期で少しだけ話題に出てた、和差積商先生の双子の兄の和差積乗だったんだよ。なあ、びっくりだろ? 伏線回収が見事だよな。で嬉しいことに、商先生と中の人が同じで関孝一様なんだよ。商先生が死んじゃってあのイケボが聞けなくなって悲しいと思ったら、粋なことしてくれるぜ! ネットでは経費削減だとか手抜きだとか叩くやつもいたけど、双子って設定なんだから同じ声優でもむしろ全然ありだよな! なっ、谷藤もそう思うだろ?」
「あ、ああ……」
全く何を言っているのか分からないが、とりあえずうなずいておいた。
「『あの和差積家の落ちこぼれめが、家訓に逆らってブン系に行った上に禁呪にまで手を出すとは……。どこまで迷惑をかければ気が済むんだ』
で、こんなイケボのセリフで第二期『解呪之公式探求編』終了。続きが気になりすぎるだろ? 第三期『愛之剣編』は鋭意製作中なんだ。あぁーーー、楽しみすぎてしんどい!!!」




