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ふじのたにこそ ~陰キャのおれがクラス一人気の陽キャ女子にパンツの色を聞かれた話~  作者: じゅくうちょ
第3章 帰り道

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第2話 キツネ神社

 今野と話すネタなんてないと思っていたが、意外と会話が続いている。女の子と二人でこんなにしゃべったのはいつ以来だろう? というか、初めてかもしれない。


 「家まで送ってけ」なんていう塾長の気まぐれな命令なんか守る必要はない。今野だって当然一人で帰れるんだから、塾を出た後は二人別々に帰ってしまったっていいはずだが、もう少し今野と会話をしたいと思っている。おれの主観だが、今野も別に嫌がっている感じでもない。誰かと会話したいなんて少し前まで全く思わなかった。やっぱりこの修学旅行の経験でおれは少し変わったんだと自分でも思う。


 そんなことを考えていると、今野のカバンに白い狐のストラップがついているのがふと目に留まった。修学旅行の二日目の自由行動の日に、おれのグループは京都にある観光客に大人気の、狐を祀っている「キツネ神社」に行った。それで、同じストラップをお土産に買っていた。


「それ、今野もキツネ神社行ったのか? おれも同じストラップ買ったぜ」

「え、テメェもか? もしかして『キツネの算術』好きなのか?」

 今野はアニメに興味のないおれでも名前ぐらいは知っている有名人気アニメの名前を出した。このストラップはその中に出てくる人気キャラの白狐君びゃっこくんで京都の「キツネ神社」の狐がモデルになっているらしい。


「いや、おれはアニメとかあまり興味ないんだけど、塾長が大学受験の年にキツネ神社をお参りしたって言ってたから行ったんだ」


「なんだよ。違うのかよ」

 今野ががっかりした様子でいう。


「塾長がこんなこと言ってたんだ」

 おれは以前あった塾長との会話を今野に説明した。それは修学旅行の二週間ぐらい前だった。




      ******




「谷藤、修学旅行に参加することにしたんだろ? じゃあ京都のキツネ神社行って来なよ」

 修学旅行に行くと決めた後に塾長が言った。


「なんでですか?」


「俺が高校三年生の時、修学旅行で京都行ってその神社行ったんだよ。で、願い事をしたんだ」


「ゲヘヘー、どうせ結婚できますようにだろ。ご利益なさそうだから谷藤はやめとけよ」


「キィーッ、違うわ。高三でそんなん願うやついるか! さらにその頃はこんな年まで結婚してないとは思いもしなかったわ!」


「じゃあ何を願ったんですか? なんにせよ今の塾長を見ている限り御利益なさそうですね」

 神崎先輩が嫌味たらしくいう。


「キィーッ、適塾大明神は御利益の塊だ! 高三の時って言ったんだから普通わかるだろ。大学受験関係だよ。でも、俺はな、普通の受験生とは違う! 普通は『合格しますように』とか『英語の成績が上がりますように』とか願うだろ。そんなのは神様の力で合格しようとしてて、下品でカッコ悪いと思ってたんだ」


「ゲへへー、今の塾長は下品でカッコ悪いけどな」


「キィーッ、今の俺も当時と変わらず上品でかっこいいわ! いいか、自分の実力を試す受験で神頼みってなんか違うと思わないか?」


「まあ確かに努力しないで受かろうとしてる気がするっすね」


「それに神様とはいえ、たかがキツネに勉強について願うとか人間としてのプライドはないのか!」

 塾長が熱く語る。


「先生としてのプライドはあるんですか?」

 神崎先輩が本当に疑問に思ってるように聞く。


「キィーッ、あるわ! それはいいから! で、俺はなにを願ったかというとだな」


「結婚できますように、でしょ?」


「キィーッ、永久ループか! 話が進まない! 違うわ! 高校の時の俺はモテモテだわ! 勉強できて上品でかっこよくて面白くて人気者だったぞ。でもな、一つだけ弱点があったんだ」


「勉強ができる以外全部嘘でしょうから、嘘つきなのが弱点ですね」

 いつも通り先輩たちは塾長の話の腰を折りまくる。話が全然進まない。


「キィーッ、全部ほんとだ! 俺はな今もだけど極度の方向音痴なんだ。なんでかわからんが地図を見ても右か左かの二択を八割がた間違えるんだ。今はスマホのおかげであまり迷わなくなったが、俺が受験の頃はそんなもんなかったからな」


「ゲヘヘー、先生が高校生の頃の大昔って、まだ糸電話の時代だもんな」


「キィーッ、まだまだ最近だ! そもそもそんな時代はない! だからな俺は『試験会場まで無事につけますように』って願ったんだよ。会場につけさえすればあとは自分の力でなんとかするからって。なっ、かっこいいだろ?」

 やっと何を願ったかの話になった。なるほど、少しかっこいいかもしれない。口に出したら調子に乗りそうなのでおれは心の中で思うだけにした。


「それで、受からないで『かっこ悪っ!』てなるのが塾長ですよね」

 神崎先輩の毒舌が続く。


「甘いな神崎! 俺は勉強だけはできたんだぜ! 見事受験した三校全て合格したわ!」


「ゲヘヘー、勉強『だけ』はできるもんな。塾長は」

「そうですね。勉強『だけ』は認めてあげましょう」


「キィーッ、褒められてるのになんか腹立つぅ」


「それで願い事の話はどうなったんすか?」

 永久に話が終わらなそうなので、おれは続きを促した。


「そうそう、で、本命の国立大学の受験初日、俺はな、盛大に寝坊したんだ。慌てて家を飛び出して電車に乗って大学の最寄り駅まで着いたんだ。試験開始まであと15分ぐらいだったかな。道に迷わず行けばギリギリ間に合う時間だ。最悪なことに慌てすぎてて地図も忘れてしまってて、もうそんな時間だから大学に向かう他の受験生も見当たらなくてな。さらに面倒くさがって大学の下見すら行ってなくてな。もう焦りまくったんだよ。必死に頭の中の朧げな地図を引っ張り出して、確か右左右だったかなと思って道をダッシュで曲がってったら、奇跡的に迷わず着けたんだ。ほかの受験生が皆席についてる中、ギリギリ試験開始時刻に間に合ってそれで受かったんだ。すごいだろ!」


「ゲヘヘー、『寝坊しないように』って願っておけば良かったんじゃね?」

「僕は本命の大学なのに下見すら行ってない先生がすごいと思いますね」

「キィーッ、まあそれはでもそうだ……。お前らは真似すんなよ! まあでも俺はあのキツネ様のおかげだと思っている。方向感覚だけは人間様より優れてそうだからな、あの犬畜生は」

 合格させてくれた神様なのに全然敬っている様子がない、どころか見下している。こういうとこっすよ!


 でも、おれはこの話を聞いてぜひこの神社に行きたいと思っていた。



      ******



「やっぱりあの塾長変な人だな」

 今野が笑いながら言う。

「そうなんだよ。でも悪い人じゃないよ」

 おれも少し笑いながら言う。


「で、キツネ神社でなに願ったんだよ?」

「塾長と同じで『受験会場に無事につけるように』だよ。おれはもちろん高校受験だけどな」

「テメェは普通に合格祈った方が良かったんじゃないか?」

「キィーッ、うるさい! じゃあ今野はなに願ったんだよ?」

「秘密。こういう願い事は普通他人に言っちゃダメでしょ。あんたバカなの?」

「キィーッ、I'm not stupid!」

 おれは『not』に力を込めて言った。


「でも、もう叶っちゃったかも……」

 今野が小さい声で言う。





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