第3話 ふじのたにこそ
いつもの茶番をよそに、おれは貰ったチケットを仕舞おうとしてバッグを開ける。その時、桜の花があしらわれた薄い桃色の封筒に気がついた。塾に来る前に適当に教科書や問題集をバッグに放り込んだ時には気づかなかった。あれ? これなんだっけ? おれは記憶をたぐり寄せる。
そうだ、昨日、東京駅に着いて解散になった後に、今野が渡してきたんだった。
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東京駅から地元までは中村とあと数人の友人と一緒に帰ろうと約束していた。その前にみんなトイレに行ってしまった。おれは別にトイレには行きたくなかったので、「おれが荷物見てるからみんな行ってきなよ」と駅の一角でみんなの荷物番をしながら一人で待っていた。そんな時、今野が近づいてきた。
「おい、谷藤」
「なんだよ?」
おれは警戒して答えた。なんだ、さっきの復讐でもしにきたのか? もしくはまた罰ゲームか? あまりいい予感はしなかった。
「これ」
今野が薄い桃色の封筒を渡してきた。
「な、なんだよこれ?」
爆弾でも入っているのか? それにしては薄いか。じゃあ、果たし状か? それにしては可愛らしい色だな。おれは戸惑った。
「いいから受け取れよ。あと絶対に帰ってから一人で読めよ。絶対だぞ!」
今野が念を押した。おれは周りを確認した。陽キャグループの姿は見当たらなかった。これは罰ゲームではないのか? いや、まだ油断はできない。どんな手でさっきの恨みを晴らしてくるのかわからない。おれは警戒を解かなかった。
「なんだよ、何企んでんだよ。あんな失礼なことしてきたんだ。おれはお前を信用してないからな」
おれは少し冷たく言った。
「な、なんだよ、あれは悪かったって言ってんじゃんかよ。しつこいやつはモテねーぞ。いいからもらっておけよ!」
少し機嫌を悪くした今野が無理やり封筒を押し付けてきた。おれは仕方なく受け取った。
「いいか、絶対帰ってから一人で読めよ! 絶対だぞ!」
今野がしつこく言った。お前もモテねーぞ! 心の中で思った。でも、悔しいことにおれと違ってこいつはモテモテなんだよな……。このループで今野の人気をさんざん思い知らされたおれは認めざるをえなかった。
そして、スタスタと今野は去って行った。なんか中村たちに勘違いされても嫌なので、おれはバッグの中に素早くその封筒をしまった。
その後は、みんな疲れていたのか、あまり会話もせずに地元の駅まで過ごした。家に着いた後も疲れすぎていたので、封筒のことなど忘れて、すぐにベッドに横になった。幸い明日は修学旅行の代休で学校は休みだ。ゆっくり休める。
眠りにつくまでの短い間、この三日間を振り返っていた。最終日に大きなトラブルがあったが、神様のおかげ? でいい経験になった。最高の修学旅行だった。自分でも人間的に成長したと感じる。タイムリープしているので、みんなの記憶には残っていないだろうが、適塾のみんなもありがとう。おれは明日塾に行ってみんなにこの三日間の出来事を報告するのが楽しみだった。
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「おい、谷藤、その封筒なんだよ? まさかラブレターか?」
桃色の封筒に気づいた塾長が言う。
「そんなわけないっすよ。あの、さっき言った今野が渡してきたんすよ。帰りの東京駅で。あいつのことだから、きっと悪口か、またはなんかの罠っすよ」
「そんな可愛らしい封筒でか?」
神崎先輩が言う。
「だからこそ怪しいんすよ」
おれは本音で答える。
「ゲヘヘー、谷藤にラブレターなんて、塾長の次ぐらいにありえないもんな!」
デリカシーゼロの中島先輩が言う。
「キィーッ、谷藤の次に俺だ!」
塾長とワースト競ってるんすかおれは!
「中身は見たのか?」
神崎先輩が聞く。
「いやまだ見てないっす。忘れてたっす」
「ゲヘヘー、俺様が見てやろうか!」
中島先輩が封筒に手を伸ばす。中身が何かわからないが、それは絶対に嫌だ!
「ダメっすよ!」
おれは少し大きい声で言う。
「じゃあこの塾長が特別に確認してやろう」
「いや、デリカシーマイナスの中島や、センスゼロの先生には任せられませんね。ここは僕が見極めましょう」
みんな興味深々だ。そのプレッシャーに押され気味のおれは妥協案を出してしまった。
「じゃあ、まずおれが一人で中身を確認するっす。その後でみんなに見せるか考えていいっすか?」
みんなの前で確認するのは正直嫌だが、おれは仕方なくこう言った。まあ内容次第ではみんなの意見を聞きたいので、いいかもしれない。おれは無理矢理自分を納得させて、封筒を開けた。
「ちょっと離れててくださいよ」
覗き見しそうな勢いの三人を前におれはそう言った。
「「「仕方ねーなぁ」」」
意外とみんな素直に離れてくれた。
それを確認したおれは封筒の中の三つ折りにされた一枚の紙を取り出した。それは封筒と同じ桃色の便箋だった。それを開くと、やはり封筒と同じ桜の花が上部全体に印刷されていて、その下にボールペンで書いたと思われる可愛らしいひらがなで一首の短歌が書いてあった。
ひしてこそ
つれなききみは
いふなれど
ふじのたにこそ
さかまほしけれ
これだけで他には文字は何もなかった。ん、なんだこれは? 短歌なのはわかるぞ、でも意味がわからない。
少し前のおれならばここで諦めていただろう。
だが、今のおれならば解釈できるかもしれない。わずかながら短歌にも古文にも興味を持ってきたおれは、塾長の手は借りずに自分なりに読み解いていこうと思った。
「ひしてこそ」はおれの歌にもあったからわかる。「つれなききみは」は連れがいない君は、つまり、友達がいないあなたはってことかな? やっぱり悪口なのか? 「いふなれど」は言うけれどってことだろう。
ここまでは、「秘してこそなんて、友達もいねえテメェが偉そうに言いやがるけど」今野の普段の口調を考えるとこんな感じかな。これはやっぱりラブレターなんかじゃなくて悪口の可能性が高そうだぞ。おれは気が進まなくなったが、続きも読み解いていった。
「ふじのたにこそ」、富士山の谷ってことかな、なんかおれの名前をもじってる気もするな。谷藤こそ、テメェこそって感じか。「さかまほしけれ」、これが一番意味がわからない。「けれ」は「こそ」が前にあるから、係り結びってやつで「けり」の已然形だな。おれは今回一番覚えた知識を思い出す。意味は主に強調だったな。
「さかまほし」、これが難関だぞ。「さかま」が欲しいってことかな。でも「さかま」ってなんだよ! 「さかま、さかま、さかまー」頭の中にスーパーの鮮魚コーナーに流れているような歌が流れた。でも魚のわけないだろうしな。
あれこれ考えたおれはちょっと閃いた。あっそうか! 「仲間」ってことか、きっと古語では「なかま」のことを「さかま」とも言うんだろう。「つれなき」にもつながるし。おれは塾長の力を借りずに短歌を解釈できた自分がすごいと思った。おれ成長してるぜ!
つまり、今野のこの歌は 、「『秘してこそ』なんて友達もいねえテメェが偉そうなこと言ってやがるけど、谷藤、テメェこそ閉じこもらないで本当は仲間が欲しいとか思ってやがるんだろ!」
こんな意味だと思われる。係り結びで強調までしやがって! やっぱり今野は嫌なやつだ!




