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ふじのたにこそ ~陰キャのおれがクラス一人気の陽キャ女子にパンツの色を聞かれた話~  作者: じゅくうちょ
第1章 最高の返答を求めて

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第15話 陰キャふじ②

 もう少し中村との友情に浸っていたかったが、とりあえずもう一人、今向き合わなければならない人がいる。おれはすぐ近くの今野に目を向けた。今野はまだ顔を耳まで真っ赤にして俯いていた。さあどう来る? 泣くのか、文句言ってくるのか、それとも……。どんな反応をしても受け止めるだけだ。さあ来い今野ぉ!


「た、谷藤、さっきの短歌って、もしかして……」

 泣くでも文句を言うでもなく今野は予想外の反応をした。顔を真っ赤にして、でも元気のない声で歯切れ悪くぶつぶつ言う。


「ま、まあいいや、わ、悪かったよ谷藤、気持ちよく寝てたのにな。ごめんね」

 なんかやけに素直だ。本当にこれは今野なのか。また演技なのかとも思ったがそうとも思えない。拍子抜けしたおれは無意識に謝っていた。


「ちょっと言い過ぎたかもしれない、こっちこそごめん」


「いや、こっちが悪いんだから……」

 今野はトボトボと元気なく陽キャ女子グループの方に帰って行った。


「ノンコ、谷藤なんかに何言われても気にすることないよ」

「べらぼうめえ。あいつやっぱりうざ陰キャでい」

 元気なく帰って行った今野を陽キャ女子たちが慰めてる声が聞こえた。あいつら、いちいち慰めるのにもやっぱり人の悪口かよ。ちょっと腹が立った。


「でも先にちょっかいかけたのはこっちじゃね?」

 意外なことに今野がおれを庇うようなことを言っているのが聞こえた。なんか変だぞあいつ。今野の予想外の言動に少し戸惑った。


 もっと言い返してくれば良かったのに、そう思った自分が意外だった。でも今、おれはもう少し今野と真正面から向き合いたいと思っていた。まだみんなの賞賛は続いていたが、おれは勝利の栄光に浸るより、さっきの今野の真っ赤な顔を頭に浮かべていた。




「あのさ、谷藤」

 唯一無二の親友が話しかけてきた。


「さっきの短歌って、お前もしかして……。いやまさかな、いや何でもない」

 何か奥歯にものが詰まったような言い方をする。


「何だよ、はっきり言えよ」


「そうだ、お前、今野さんの下の名前知ってるか?」

 中村がはぐらかすように言う。


「えっ、急になんだよ? 『ノンコ』とか呼ばれてるから、『のりこ』とかじゃないのか? それがどうしたんだよ」

 おれは陽キャ女子の中で今野がそう呼ばれているのを思い出した。


「あれ? お前二年生から今野さんと同じクラスだよな。いや、でもまあ谷藤らしいか……」


「なんだよ。違うのか?」


「いや、もういいや、オレの知りたいことはわかったし」

 やっぱり何かを隠しているような態度だ。


「なんだよ。気持ち悪いな」

 親友に何か隠しごとをされるのはいい気分ではない。まあでもおれも中村に隠していることはいっぱいあるのでお互い様か……。


「いやまあそれはさておき、さっきの短歌のやりとりすごかったな。よくあんな返しの短歌をすぐに思いついたな。オレも国語得意だけど、こんな咄嗟に思いつかないよ。『秘してこそ 下のこころも 勝りけれ 桜待つ日の 気に似たるかも』だっけか。内容もちゃんとしてるし。係り結びまでちゃんとしてるし。すごすぎるぞ」

 あんなの瞬間で返答する奴がいたらおれもそう思っていただろう。しかし、一回聞いただけの短歌を完璧に覚えていて、その係り結びにまで気づく中村は本当にすごい。


「い、いや塾で予習してたからな」

 おれは真実を言う。


「パンツの色を聞かれた時の返しをか? どんな塾だよ!」

 そうです。これが変態塾の力です。咄嗟に言いかけたが、かろうじて止まった。


 おれは適塾のことは親友の中村も含めてほとんど他の人には話していない。せっかくの学校外の居場所に同じ学校の誰かにいてほしくないからだ。幸い今は他の学年も含めてうちの中学校の生徒はおれしかいない。だが、もし中村が入ってきたら、おれとは違い人望のある中村なので他の誰かも入ってきてしまうだろう。


「んなわけねーだろ、どんな塾だよ。教わったのは短歌だよ短歌」

 まあ嘘はついていない。


「そりゃそーだよな、冗談冗談。それにしても瞬間であの返しを思いつくのは正直びっくりしたぞ。あと驚いたといえば今野さんもだな。短歌で質問するなんていう知的な罰ゲーム、オレは初めて見たよ。それに『陰キャふじ』はちょっと面白かった。ちょうど富士山見えてるし、谷藤の藤とかけたんだろうな」


「中村までそんなこと言うなよ! 陰キャはおれの名前でもあだ名でもないからな! でもそれって『掛け言葉』ってやつか」

 陰キャふじを中村が気に入ってるのはかなり不満だが、おれは適塾で習った知識を思い出した。


「よく知ってるな。あんなに国語、というか勉強全部嫌いなくせに。なんか谷藤じゃないみたいだな」

 勉強のことで中村に初めて褒められた気がする。意外と悪くない。


「おれの返しにも掛け言葉が二つ入ってたんだぜ、気がついたか?」

 少し得意気に中村に聞く。


「えっ、二つも? 一つは『こころも』で『心』と『衣』かな、もう一つは何だ?」

 さすが中村だ、一つ目はすぐ答えた。


「『気に似たるかも』の、『気』に、桜の『樹』の意味も込めてみたんだ」

 意図せずに掛け言葉になっていたのだが、おれは最初から狙って作ったかのように言った。


「あーなるほど、花咲く前の桜の樹って確かになんかすごいエネルギー隠してそうだもんな。すげぇな。お前本当に谷藤か? なんか生まれ変わったんじゃないか?」

 中村が少し大袈裟に反応する。


「あまり僕をみくびらないでもらえますか」

 おれは神崎先輩の真似をして言う。


 まあ本当はタイムリープのおかげだけどな。おれは口には出さず心の中で思った。

 

 おれに勉強面でマウントを取られたような形になり少し悔しいのか、中村がおれの知らなそうなことを聞いてきた。

「じゃあ、『本歌取(ほんかど)り』って知ってるか?」


「知らない、何の鳥だよ?」


「違う違う、この前授業でやっただろ、古今和歌集の 、


      名にし負はば 

      いざ言問はむ 

      都鳥みやこどり 

      わが思ふ人は 

      ありやなしやと


『みやこっていう名前がついているならば私が都に残してきた大切な人のことも知っているのだろう、さあ答えておくれ、その人が元気なのかそうじゃないのか』

てな意味だな。遠く離れた恋人のことを思って歌ったのかな。で、元の歌をもじって新しい歌を作るのが『本歌取り』ってやつだ。今野さんの短歌ってこれが元だと思うよ。成績いいのは知ってたけどさすがだな。内容は下品で元の歌台無しだけどね」

 

 なるほど、「パクリ」じゃなくて、「本歌取り」っていうのか。じゃあ、あの滑り倒した「心配してください、履いてませんよ」も本歌取りと言ってもいいのかな。


 古文の知識なんてほんの少し前のおれだったらつまらなすぎて眠くなっていたと思うが、今のおれは興味深く聞いている。人ってこんなにも変わるんだな。


 この後も今回は眠くならなかった。前回の今野が言っていた通り、やはり最後だったのだろう。その最後に大成功を収めたおれは大満足だった。




 そして、おれたちは無事に東京駅に着いた。




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