第14話 陰キャふじ①
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「おい、谷藤! 寝てんじゃねーよ」
もう母親の声並みに慣れてしまった今野の声でおれは目を覚ました。ゆっくりと目を開き、辺りを軽く見回す。新幹線の中、窓には富士山、目の前には今野、もうこれで見納めかもしれないと思うと少し寂しくも感じる。目に焼き付けるようにもう一度周りを見た後に、落ち着いて今野に答えてやった。
「今野、おはよう! 富士山が綺麗で清々しいね。でも、おれの心はこの空のようにマジ超ブルーなんだぜ」
寝起きの奴がこんなことを言ったら不気味に思われるのだろうが、今のおれは何一つ気にならない。今回こそは真の自信と余裕に溢れていた。
「な、なに言ってんだよ谷藤、マジ超ブルーなのはこっちだってーの」
そう、知ってるぞ。お前は紺のパンツを履いてるんだよな。
おれはめちゃくちゃ落ち着いていた。一方の今野は心なしか動揺しているように見えた。
さあ来い今野、人類最高峰の返しを見せてやるぜ!
「た、谷藤、よく聞けよ」
さあ来い!
「
名にし負わば
いざこと問わん
陰キャふじ
なのしたごろも
何の色かと
」
ん!? なんか今回違うぞ?! なぜか急に今野が短歌を詠み出した。
「なっ、なんて??」
余裕から一転、おれは大きく動揺してしまった。このループの中でパンツの色以外の質問をされることなど一切なかった。なので、そんな可能性など全く考えていなかった。ど、どうしよう??
「だからよく聞けって言ったろーが! 『陰キャって名前なんだから色々隠してんだろ、パンツの色と一緒に全部吐いちまえよ』、てな意味だよ。まあつまり、テメェのパンツの色は何だっつってんだよ!」
あっ、やっぱそれっすよね。良かった! パンツの色を聞かれて良かったと思う人間は今のおれと中島先輩ぐらいだろう。
さらに偶然だかなんだかわからないが、短歌に短歌で返すという最高の流れもできた。おれの動揺はおさまった。ではいくぞ! おれはゆっくりと立ち上がり、そして、吟じた。さあ、驚け今野!
「
秘してこそ
下のこころも
勝りけれ
桜待つ日の
気に似たるかも
」
おれは用意してあった正解を一言一句間違えずに、百人一首の大会のように節までつけて読み上げた。よしっ! やりきったぞおれは。もう満足だ。滑ろうが批判されようがどんな反応でもおれは受け入れる。心は憂鬱ではなく、窓の外の青空のように晴々としていた。
「テ、テメェ、何言ってんだよ?」
期待通り今野が動揺する。
「何だよ、今野は人の話もちゃんと聞けないのかよ。いいか、今度こそよーく聞けよ。『隠すからこそ、パンツの輝きとか誰かへの想いも強くなっていくんだ。桜が早く咲かないかなぁとか思う時の気持ちに似てるだろ』てな意味だよ。つーまーり、そういうものは隠すからこそ美しいんだぜ。こんな失礼なことを平気で聞いてくるお子ちゃまな今野ちゃんには一生わからないかもしれないけどな」
どうだ! クラス一の陰キャが陽キャ女子を完全に子供扱いしてやったぜ!
おれの完璧な返しに呆然としている今野をよそに車内がざわめき出す。
「谷藤すげぇ!」
「やるじゃん谷藤!」
みんな口々に言う。今度こそ、今度こそ夢ではなかった。
「あんなの速攻で思いつくとか、実は天才だったのか?」
「えっ、センスありすぎない?」
「いとをかしー、日本の心をまさに表現されたしー」
寝ていた他の生徒も騒ぎに気付いて目を覚ました。
「あれ、何があったの?」
「今野さんが罰ゲームで谷藤にパンツの色聞いたんだけど、谷藤が見事に撃退したんだよ」
「何だよ、やっぱり失礼なやつらだな。いい気味だ。谷藤良くやったな」
普段から陽キャ女子グループを快く思ってない奴らも一定数いる。彼女らの悪ふざけの罰ゲームの被害者も多数いる。そいつらにしてみれば胸のすくような快挙かもしれない。
ほんの一週間前には絶対にありえなかった状況におれは興奮を抑えきれずにいた。おれが夢見ていたシーンがまさに現実となった。体が高揚感に包まれる。自分の力でやり遂げたぞ、おれは。
でも、ありがとう塾長、ありがとう神崎先輩、そしてほんのちょっと中島先輩も。みんながいなかったらこの成功はなかった。これは適塾の勝利でもあるんだ。
「何よ、谷藤のくせに!」
「てやんでい。陰キャのくせに粋じゃあねえか。今日もお江戸は日本晴れってな」
「あれ本当に谷藤なの?」
あの陽キャ女子グループですら、驚いたことにおれを認めるようなことを言っている。
まあたとえ悪態をつかれていたとしても、今のおれには全く響かなかっただろう。誰に自分を否定するようなことを言われようとも、おれはもう何も気にしない。自分の信じる道を行くのみだ。もし失敗や間違いをしても自分で責任を取れば良いだけだ。
クラスのみんなからの賛美の声が続く中、おれはドヤ顔で隣の席の中村を見る。どうだ中村、悔しいだろ!
「オレしか気づいてなかったけど、谷藤は昔からすごい男だったからな。ついにみんなも気づいてしまったか。オレだけの谷藤じゃなくなったのは少し寂しいけど、良くやったな谷藤! オレは誇らしいよ」
何の悔しさも見せず、ただただ嬉しそうだった。
そういえば、以前塾長が言っていた。「谷藤、辛い時とか苦しい時に同情してくれるからって本当の友人とは限らないんだぞ。どんな人でも弱ってる人間にはだいたい優しくできるんだ。でも、嫌いな人が成功した時って、普通喜べないだろ。だからこそ、自分が成功した時に心から喜んでくれる人っていうのが本当の友人なんだよ」
誰かが結婚するたびにキィーキィー言って悔しがっている塾長の言葉なので話半分に聞いていたが、今この言葉を思い出した。
ごめん中村、やっぱり、やっぱりお前は最高の親友だ! おれは中村のことを誤解していたのかもしれない。数少ない友人のことすら自分は理解しようともしてなかったのかと思うと恥ずかしくなってくる。人と向き合う大切さを再び学んだ気がした。




