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ふじのたにこそ ~陰キャのおれがクラス一人気の陽キャ女子にパンツの色を聞かれた話~  作者: じゅくうちょ
第1章 最高の返答を求めて

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第12話 短歌がしたいです!①

 いつまた新幹線に戻ってしまうかわからない。無駄なやり取りをしている暇はないかもしれない。今野の「次が最後なんだからね」の言葉も気になっていた。おれは慌てて塾長にお願いする。


「じゃあ塾長! どんな短歌がいいですか? 作ってみてくださいよ」

 笑いじゃなければ優秀な塾長だ。いい返答の短歌を作ってくれるのではないか。おれは期待した。


 そうか、今までおれは大爆笑をとることしか考えていなかった。見直されれば良いわけで、別に笑いじゃなくてもいい。そんな簡単なことに今更気がついた。このループ中ずっと、笑いのセンスがない塾長に笑える返しは何かを聞いてしまっていた。体育の先生に数学を質問するようなものだろう。今まで自分はずっと間違えていたんだ……。


「えーと、そうだなぁ。結構難しいなぁ。でも、その中村君てすごいね。自分で考えたんだろ? まあ内容は酷いっちゃ酷いけどその短時間でよく思いついたな」

 塾長が中村を褒める。


「確かにそうですね。完全オリジナルみたいですし。『おなご』とか、古文ぽくしてるのが笑えますね。さらに堂々とやり切ってる上に、滑るリスクも自分で取ってますし。たとえそれで大滑りしていたとしても僕はかっこいいと思いますね」

 神崎先輩も褒める。


「ゲヘヘー、俺様も逮捕されるリスクはいつも取ってるぜ!」

 とっとと捕まってしまえ!


 だが、ここで以前の神崎先輩の言葉が突然おれの中に蘇ってきた。

「リスクを負う勇気も笑いのセンスもないくせにリターンだけは求めている」

「つまんないうえに卑怯者」

 思い出して、そして気が付いてしまった。

 

 これって、これって塾長のことではなく、まさにおれのことじゃないか……。おれは愕然とした。この無限ループ中おれはただ適塾で出してもらった答えを読み上げていただけだった。最初の「黒だよ」以降、ただの一回も自分では考えていない。そのくせ、みんなからの賞賛を求めていた。果たしておれに中村を批判したり塾長にセンスないとか言う資格はあるのだろうか……。


 面白い面白くないは別として二人とも自分で考えているし、つまらないやつと思われてしまうというリスクも自分で取っている。


「自分がやったことに自分が責任を取る。これが大人の第一歩だ」塾長が以前に言っていた。こんな子供みたいな塾長が言うので話半分に聞き流していたが、今その言葉が重みを持っておれにのしかかってくる。


「いや、やっぱり、自分で考えたいっす」

 気がついたら口に出していた。その気持ちは本当だった。


 だが、そうは言ってみたものの、おれは短歌なんか作ったことはない。「人に教わることは恥ではない。それを恥だと思うことが恥だ」 これも質問を躊躇っている生徒に塾長がよく言っている言葉だ。短歌の作り方は教わってもいいだろう。それを元にオリジナルをきっと作って見せる。


「塾長! 短歌がしたいです。どう作ればいいっすか?」

 おれは情熱を塾長にぶつけた。


「おっ、やる気あるな谷藤!」

 嬉しそうに塾長が答える。


「塾長! パンツが見たいです。どうすればいいっすか?」

 嬉しそうに中島先輩が続く。


「お前は黙ってスーパーの下着売り場にでも行ってろ!」


「ゲッヒャー」


「まず、どうすればいいっすか?」

 中島先輩は無視しておれは聞いた。


「そうだなぁ、『パンツ何色よ?』の答えが歌の主題になるよな。まずはこの質問に対するお前の気持ちをはっきりさせるんだ。素直に本音で」


「わかったっす!」


「じゃあ今から俺が質問するから、お前のパッションをぶつけてみろ! では、いざ問わん! 『谷藤、パンツ何色よ?』」


「答えたくないっす!」

 おれは間髪入れず本当に本音で答えた。若い女の子に聞かれても嫌なのに、こんなおっさんに聞かれたら尚更嫌だ。


「だよな、普通そうだよな。俺もそう思う。じゃあそれを歌に込めよう」


「俺様は見せたいけどなー!」

 誰が言ったか言うまでもないコメントが入るがみんな無視をする。


「つまり隠すべきってことっすよね。塾長! 隠すって古文で何て言うんすか?」


「隠すのままでもいいと思うけど、『秘す』とか古文ぽいんじゃないかな」


「ゲヘヘー、隠すからこそ、より興奮するんだよな!」

 さっきからみんな無視してるのに、この先輩はやはりメンタル無限大だ。ん、でも、隠すからこそより興奮する。なるほど、隠すからこそ、より美しく感じる、より一層想いが強くなる。なんか使えそうだぞ。


「塾長! パンツって古文で何て言うんすか?」


「流石に知らないけど、服が衣だから、下衣とかでいいんじゃないかな」

 したごろもか、なんか下心とも似ているな。本音とか人を思う気持ちも隠すほど強くなる。なんかいい感じだぞ。


「塾長! 『秘すこそ 下のころもも 強くなる』 最初はこれでどうですか?」


「なるほど、隠すからこそより一層パンツの輝きもパンツへの思いも強くなるだろうってことだな。内容はいいんじゃないかな。でも最初は五文字だから『秘してこそ』とかどうだ? あと、『強くなる』は『勝る』とかもあるぞ」

 なるほど、さすが塾長、適切なアドバイスだ。おれは初めての短歌作りを意外と楽しんでいる。


 そうだ、「下のこころも」にすれば、こころところもの両方が表せるんじゃないか、これはありかも。


「塾長! 『秘してこそ 下のこころも 勝るけり』 これでどーすか?」


「おぉ、『こころも』で心と衣の両方を表したか! ちょっと変則的だけど、一つの言葉に二つの意味を持たせる『掛け言葉』ってやつだな。天才か谷藤! ただ『勝るけり』は『勝りけれ』だな」


「あっそうか、『けり』の前は連用形だから『勝る』が『勝り』になるんだった。でも何で最後は『けれ』になるんすか?」

 あんなに嫌いだった古文の文法におれは今、少し興味を持ちつつあった。


「それはな『係り結びの法則』って言う謎の法則があってな、助詞の『ぞ、なむ、や、か』を使うとその文末は連体形、同じく助詞の『こそ』を使うとその文末は已然形いぜんけいにするっていう古文ならではの決まりだ。意味はだいたい強調だな。より強い気持ちを表せるぞ。今回は『こそ』を使ったので、最後が終止形の『けり』じゃなくて已然形の『けれ』になるんだ。ちょっと難しいかな」



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