第1話 なんだその質問は!
「テメェ、谷藤! 質問してやるからちゃんと答えろよ!」
「今日のパンツ何色よ?」
「黒だよ!」
「なんだよ、陰キャのくせに黒なんて履いてんじゃねーよ。気持ちわりーな。陰キャはママが買ってきた白ブリーフって決まってんだよ!」
俺の最高だった修学旅行は最低のものになってしまった……。
******
おれは谷藤光、東京都下の某市立中学校に通う三年生だ。学校にはほとんど休まずに通ってはいるが、教室ではごく一部の仲がいい友達以外とはほとんど喋らない。友達がまわりにいない時は窓の外をぼんやり眺め、空気の成分に思いを馳せたりしている。
たまに話しかけられても不愛想にしているので、クラスのみんなには陰キャと思われている。でも、そんなことはどうでもいい。大多数は中学校を出たら二度と会わないだろう。関わっていても仕方ない。まあ、小学校の中学年ぐらいからクラスメイトとどう接していいかわからなくなってしまったのもあるのだが……。
ただ、陰キャとはいっても休みの日は家にこもっているわけではない。実はアウトドア派だ。一人で、もしくは少数の心許せる仲間たちと一緒に、自転車に乗って郊外に出かけたり、「田んぼうず」というNPOにボランティアとして参加したりしている。この団体は主に土日に、小学生を対象とした農業体験やバーベキュー、キャンプなどのイベントを開催している。
同年代と一緒にいると気疲れしてしまうが、植物は裏切らないし、子供も素直な子が多いので気が楽だ。ボランティアスタッフは無料で参加できるので、おれにとって最高の活動だ。学校は本当につまらない場所だ。週末の活動を楽しみにして毎日なんとか耐えていた。
そんな学校生活だったので、五月に予定されている三日間の奈良・京都への修学旅行が行く前から本当に憂鬱だった。今年度から同じクラスになった小学校からの親友の中村と、行動班も宿舎の班も一緒になれなかったのも最悪だった。サボるのは性に合わないが、なんとか行かなくても済む方法はないかと真面目に考えていた。
通っている塾の塾長にも相談してみた。 「楽しくてもつまんなくてもやなことあっても、一生のいい思い出になるから絶対行った方がいいよ。好きなやつも嫌いなやつもあんまり知らないやつも含めて集団で旅行する経験て、この先の人生でもなかなかないしね。はるか昔だけど、俺なんて同じ部屋のやつが酒持ってきてて、それが先生に見つかってめっちゃ怒られたけど、今ではいい思い出だよ」
もちろんお酒は持っていかないが、こんな言葉にも後押しされて、おれは修学旅行に行くことを決めた。
実際に行ってみると、本当に楽しかった。行動班や宿舎での班は今までほとんど話したことない奴ばかりだった(そもそもクラスメイトとはほとんど話さずに過ごしてきたのだから当然だが)のだが、結構話しかけてくれて、意外といい奴だったり面白かったりした。
また、行く前は「お寺とか神社とか見て何が楽しいんだよ」とか思っていたが、実際に見ると金閣寺の荘厳さに圧倒されたり、銀閣寺の渋さに男のロマンを感じたり、意外と楽しめている自分がいた。今まで気づかなかった自分の一面を知れた気がした。今まで勝手に周りとの壁を作ってしまっていたかも。そんなことも思った。
「来てよかった。塾長ありがとう」おれは心の中でつぶやいていた。
ところが、最終日にとんでもない出来事が待ち受けていた……。
******
最高に楽しかった修学旅行の最終日、東京に向かう帰りの新幹線で、窓から見える富士山の美しい姿を眺めながらうつらうつらまどろんでいた時に、クラスの陽キャ女子グループの一人の今野が話しかけてきた。
「おい、谷藤! 寝てんじゃねーよ」
こいつは中二から同じクラスで学校でも何故かよく話しかけてくるが、いつも口が悪い。顔はそこそこ可愛いのに性格は最悪だ。
「なんだよ!」
気持ちよくまどろんでいたおれは不機嫌に答える。少し遠くの方で陽キャ女子グループがこっちの様子を伺っている。どうせトランプかなんかの罰ゲームでクラス一の陰キャに話しかけるとかなんだろう。おれもバカじゃない、寝ぼけた頭でもすぐに察した。
「マジ超ブルーなんだけどー」
罰ゲームやらされて憂鬱ってことか。こいつら陽キャ女子の間で流行っている言葉なのか、教室でよく言ってるな。でもお前らの罰ゲームに付き合わされるおれの方がマジ超ブルーなんだよ!
「テメェ谷藤! 質問してやるからちゃんと答えろよ!」
こいつはいつも上から目線でえらそうだ。でも何を聞いてくるんだ?
「今日のパンツ何色よ?」
昔のヤンキーの「お前どこ中よ?」のようなアクセントで今野が質問してきた。
えっ!? 何言ってんだコイツ??
あぁそうか、罰ゲームだもんな。こんな質問もあるか。少し驚いたが、すぐに俺は理解した。人をバカにしている上に下品だな……。でも、普段なら無視するところだが、修学旅行が楽しかったので今は心に余裕がある。空気を読んで返事してやろう。
だけど、なんて答えよう? 返事に戸惑っている間に、いつしか車内の注目がおれと今野に集まっていた。
おれは自他共に認める陰キャだ。そんなおれがクラスの注目を浴びている。なんだ? なんて答えるのが正解なんだ? 修学旅行前までのおれだったら、周りの反応なんて何も気にしなかった。でも今のおれはまわりに少しいいかっこをしたいと思っている。小粋で洒落ている返し、「谷藤やるじゃん」て見直されるような返し、何も思いつかないぞ……。軽くパニックになったおれはなぜか立ち上がって、こう答えていた。
「黒だよ!」
どうだ、陰キャのおれが強そうな黒を履いてるぜ、面白いだろ! 言った瞬間にはそう思ったが、世間はそうは受け取らないらしい。
「なんだよ、陰キャのくせに黒なんて履いてんじゃねーよ。気持ちわりーな。陰キャはママが買ってきた白ブリーフって決まってんだよ!」
今野が不機嫌そうに返す。
えっ、陰キャってそんな決まりがあったのか! 驚愕の事実を知り戸惑ったおれに追い討ちが襲いかかる。今野の「気持ちわりーな」の返答に乗って他の生徒までが騒ぎ出す。
「谷藤が黒、マジやめてほしいんだけど」
「でやんでい! 谷藤のくせに生意気じゃあねえか?」
陽キャ女子グループが口々に言う。おれが何履こうがおれの勝手だろ! やめろとか生意気とかなんだよ。だいたい黒を履くと生意気とかどういうことだよ! 怒りが込み上げてくる。
しかし、他の男子も騒ぎ出す。
「谷藤ってマジつまんないよな」
「まあ、谷藤だからな」
「ほんとセンスないよな」
「つまらなきことこの上なしー」
酷い言われようだ。見直されるどころかつまらない奴のレッテルを貼られてしまいそうだ……。パニックの中、助けを求めるように隣に座っていた一番の親友の中村を見る。
「まっ、まあ谷藤がセンスないのは今に始まったことじゃないからな、気にするなよ」
おいっ、それで慰めてんのか! 親友にも裏切られた絶望の中、意識が朦朧としてきた。最高だった修学旅行が最低のものになってしまった……。おれはシートにヘナヘナと座り込む。コンッ。何か遠くの方で音がした気がした。




