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第五話:香司の手と、仄めく妃の秘密

麗蕙宮れいけいきゅうの中は、静かすぎた。


床には紅絨毯、天井からは薄絹が垂れている。華やかさはあるはずなのに、何かが沈んでいる。


ソウカは部屋の奥へと通されながら、その違和感を嗅覚で感じていた。


「……お前が、香司の娘か」


そう言ったのは、衝立の向こうに座す女性――麗蕙妃だった。

病後のせいか、声にかすれが混じっていたが、冷えた強さも残る。


「はい。香務係として、碧霞宮より参りました」


「前の事件、私は助かったと聞いている。それが、お前の推理か?」


「――結果的には、そうなります」


「ふん。だが、宦官は罰されていない。犯人も名乗り出ていない。つまり……」


「この後宮に、まだ“香を操る者”がいる、ということですね」


ソウカの言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。


麗蕙妃は視線をそらし、香炉へ目を落とした。


「今日の香……これは、何?」


問いかけた声には、かすかな震えがあった。


ソウカは香炉に近づき、すっと吸い込んだ。


丁子ちょうじと……芎藭きゅうきゅう……薬香、ですね。沈香に重ねた香です」


「誰も私に“薬香”など処方していない。それに、昨日と香りが違う。お前はそれを感じたのか?」


「……はい。微かですが、確実に“異なる香”が混入されています」


麗蕙妃はそっと唇を噛み、言った。


「この香を替えた者を、見つけてちょうだい。帝があなたを送ったのなら、今度は……信じてみるわ」


そのとき、部屋の奥で何かが動いた。


ソウカは即座にそちらを向き、声を上げた。


「誰か、そこにいるのですか?」


だが、そこにいたのはひとりの若い女官。

彼女はそっと立ち上がり、すまなそうに頭を下げた。


「失礼いたしました、妃さま……香炉の灰を片付けておりました」


「それにしては、音が……」


「……もう下がってよいわ」


麗蕙妃の一言で、女官はすぐに姿を消した。


ソウカは、灰が残された香炉を見下ろした。


――残り香。沈香ではない。薬香でもない。

そこにかすかに混じっていたのは、干した蓮の花弁の香。


「……これは、“蓮香れんこう”。」


それは、ごく限られた香庫にしか存在しない、特別な香だった。


そしてその香庫に――香司の刻印があるはずの香が、今はすべて失われていると書かれていた。


――蓮香の残り香が告げるのは、禁じられた名と燃やされた証。

過去を封じた香庫の扉が、いま静かに軋みを上げる。

次回:第六話「灰に潜む証、香の名を奪う者」

こんにちは。作品をご覧いただきありがとうございます。

『香司ソウカ、後宮で香の謎を嗅ぐ』も、おかげさまで第5話まで公開できました。


最初は「香を使った推理」をテーマに、静かに始まる物語を想定していましたが、

主人公ソウカを通して、香に込められた人の想いや、後宮の複雑な空気がだんだんと浮かび上がってきました。


後宮もの+香司+推理という組み合わせは、かなりニッチですが、

「こういうのを待っていた!」と思ってくださる読者さんが一人でもいてくれたら、本当に嬉しいです。


今後はソウカの過去や、香にまつわる陰謀、そして宮廷の中で動く人間関係にも踏み込んでいきます。

香りは目に見えませんが、「真実を写す手がかり」として、物語の軸に据えています。


ちなみに、作中に登場した“蓮香”は実在しませんが、モデルは蓮の花の乾燥香です。

実際にとても繊細な香りで、古代中国でも特別な儀式などに使われた記録があるとか。


次回からは、物語が“香”から“人の内面”にさらに踏み込んでいく段階です。

気になるキャラクターがいたら、ぜひコメントなどで教えてください。励みになります。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

また次回も、香りと謎を携えて、後宮の奥へ――。

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