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第十八話:焚かれし香の残像、記憶の檻にて

──帝香の間。


そこは、後宮のどの建物とも異なる静寂を湛えていた。

香炉から立ちのぼる香煙は、まるで時の流れを逆行するように、緩やかに空を舞う。


その香は──言葉にならぬほど微細で、脳裏に記憶の欠片を差し込む。


「……これは、清蓮の調香か?」


思わず問いかけたソウカに、白衡は静かに首を振った。


「否。“清蓮が辿り着いた香”ではあるが、これは彼女が創った香ではない」


「では誰が?」


白衡は視線を落とす。その先には、一つの石台があり、その中央に、封じられた香符と小瓶が据えられていた。


「帝の御前にのみ焚かれる“密香”。名は持たぬ。だがそれは、香というより“記憶の鍵”だ」


「記憶……の?」


ソウカが手を伸ばそうとすると、仮面のソクが前に立ちはだかった。


「待て。その香に触れた者は、“記憶の檻”に囚われる。戻れる保証はない」


「それでも、知る必要がある。香が妃を、そして後宮を蝕んでいるならば──」


ソウカはゆっくりと、香瓶の蓋を開けた。


その瞬間──


視界が、音も、光も、すべてが捩じれた。


**


──そこは、記憶の中の“後宮”。


若き調香師・清蓮が、静かに香を調えていた。


「これは……清蓮の記憶?」


ソウカはその場に立ち尽くし、香煙の中の情景を見つめる。


清蓮の傍らには、白衡がいた。まだ仮面をつける前の姿。

その顔には、深い憂いと決意が浮かんでいた。


「この香は、帝の“記憶”に関わる。失われた愛、妃の死……帝は真実を忘れようとしている」


「それでも、私は香を調える。記憶を消すためではない。真実を残すために」


清蓮の声が響く。


その香こそが、やがて“封印”されることになる帝の密香──


だが次の瞬間、視界が崩れ、激しい香の揺らぎがソウカを襲った。


**


「香司ソウカ!」


白衡の声が、現実へと引き戻す。


膝をついたソウカの額には、冷や汗が浮かんでいた。


「……これは……記憶に仕掛けられた香の罠……」


「そう。帝は、その香によって“選ばれた記憶”しか持たない」


白衡は言う。


「それを清蓮は暴こうとした。だから“消された”。そして、君は今、同じ場所に立った」


「私は、真実を嗅ぎ分ける」


ソウカは、力強く立ち上がった。


「香が記憶を閉ざすなら、私はその香を“解く”。それが、香司の務めだ」


白衡はうっすらと微笑んだ。


「ならば……いずれ、君は“帝そのもの”と向き合うことになる」


「その時こそ、全てを知るのですね」


白衡は何も答えなかった。ただ、香煙の向こうで、誰かの気配が遠くに去っていくのを、ソウカは確かに感じていた。


──“帝の香”の奥には、まだ暴かれていない記憶の迷宮がある。


そしてそれは、後宮そのものの“始まりの香”に繋がっていく。


香が導いた記憶の果て、ソウカはついに“帝の真実”と向き合う。

清蓮の遺した香符に刻まれていたのは、帝自らが選び取った「忘却」の香。


なぜ帝は、自らの記憶を封じたのか。

後宮に流された“始まりの香”とは何だったのか。

そして、白衡が語らなかった本当の罪とは――

次回、第十九話「帝と香、封ぜられし記憶の奥で」

情報が多くなってきたので、次回は図解を挟みます。

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