表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

第十六話:仮面の裏、香を封ずる者

帝香の間。


それは、後宮の奥でもさらに奥──香すら許されぬ禁域の中にあった。


仄暗い石造りの廊下を進んだ先、白衡が立ち止まる。


「ここが、帝のためだけに調えられた香の間だ」


白衡の手が扉を押し開けると、淡い光と共に、かすかに薫る香が漂ってきた。


(これは……沈香に、白檀、そして、麝香……いや、もっと深い……)


ソウカの鼻が震える。


香は、時間とともに層をなしていた。

最初は甘やかな誘い。次に、深い沈静。そして最後に、何かを覆い隠すような、無香の壁。


「この香は……記憶を封じる香だ」


「その通り」

白衡が頷いた。


「帝は──かつての出来事を、香で忘れることを望んだ。香には、心と記憶に作用する力がある。妃たちの“忘却”もまた、この香により成されている」


「そんな……」


「清蓮は、この香に異を唱えた。香は癒しであるべきだと。しかし……帝の命令に背くことは許されなかった」


白衡の目が、過去を見つめるように細められる。


「私は、清蓮を守れなかった。香を知りすぎた者は、この後宮では消される。だが……あなたには、選ばせよう」


ソウカは静かに前へ出る。


「香は真実を語る。たとえそれが、誰かの記憶を暴くものであっても──」


仮面のソクが進み出て、一枚の香符を差し出す。


「これは、清蓮が最後に記した香符です。禁じられた調香の記録。帝の香の“中核”にあたるものです」


「これが……」


香符に記された配合は、常識を逸したものだった。

香の層に記憶を沈め、代わりに“偽りの安心”を焚き続ける。


──香で、帝の意識そのものを支配する調香。


「あなたなら、清蓮の遺志を継げるかもしれない」

白衡の声には、希望と諦念が交じっていた。


「では、あなたはこれまで帝に仕えて、その香を守ってきたと?」


「香を支配するのは帝だ。私はその香を調えるだけ。だが……これ以上は、続けられない」


白衡が仮面のソクに目配せする。


「ソウカ。帝に謁見する覚悟はあるか?」


ソウカは、香符を胸に抱いた。


「香司として、真実に背を向けることはできません」


白衡は静かに笑い、扉のさらに奥──帝の座する間へと、道を開いた。


扉の先には、まだ見ぬ香が、息を潜めていた。


帝香の間。

香の気配に満ちたその場所で、ソウカはついに「記憶を封じる香」と対峙する。


明かされる清蓮の最期。

仮面を脱いだソクの過去。

そして、“帝”という存在に仕組まれた、香による真実の封印。

香は記憶を操るのか。

それとも、記憶は香によって守られていたのか。

次回、第十七話「帝と香、封ぜられし記憶の奥で」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ