第1話 卒業式
『王は縛られぬもの』
俺は誰かの囁きを聞き流しながら、必死に森の中を走っていた。追いかけてくる竜の足は恐ろしく早い。対して俺はバグったステータスシステムの強化スキルで距離をギリギリとるので精一杯だ。
『王は人民を啓すもの』
牽制でライフルを竜に向けて相手の顔に弾をぶち込む。多少の攪乱にはなったが、それでも追跡はやまない。
『そして王は人民に敬される』
「うるせぇんだよごちゃごちゃとぉおおおお!!」
俺は竜の口に向かって手榴弾を投げ込む。口の中でそれは爆発して、多少の時間を稼げた。だけど辿り着いたのは湖だった。ここから先には進めない。湖沿いに走っていたらいつかは竜に追いつかれる。絶対絶命。その時ふっと気がついた。湖の傍に大きな棺のようなものがあることに。その上に光り輝く剣が刺さっているのが見えた。
『さあ。王道に挑まんと欲するものよ。竜と聖剣。神話の再演。何を成すべきかはわかっておるな?』
そして俺は走る。剣の刺さる棺の方へ。なぜこんなことになってしまったのか。この世界の腐ったシステムってやつを。俺は思い出す。街を追放されてここまで逃げてきたことを。
200年くらい前に地球は異世界と融合してしまったそうだ。その結果、この世界にはモンスターが跋扈する危険な世界になってしまった。さらに言えば神クラスと呼ばれる超巨大モンスターに寄って日本以外の大陸や島々はすべて消し飛んでしまった。だけど人類だってただ手をこまねいていたわけじゃない。ある日、何処かの誰かが「プラエボジトゥス・サクリ・クビクリ」と名乗り、生き残った人類たちに超常の力で呼びかけた。
『王の恩寵により、人民に力を与えん。努々牙を研ぐことを忘れる勿れ。王は帰る。汝が汝で汝らを統べることが出来ぬが故に』
そして与えられたのはステータスシステム。15才を越えるとこのシステムが使用できるようになる。このシステムは身体の強化やアイテムボックスなど、さらには魔法や超能力などの様々なスキルを人々に提供してくれた。この力で人々はモンスターと戦う術を得た。だがシステムの提供する力の強弱は平等ではなかった。その歪みを抱えて200年。世界の文明は大きく退化してしまったのだった。
宮崎城下町 宮崎市立兵学校 男子学生寮
今日は待ちに待った卒業式だった。ここ兵学校ではステータスシステム解放前に兵士としての基礎を学ぶ場所だった。卒業生は巨大な壁に囲まれた宮崎城下町を守る武士団の幹部として原則採用される。俺は詰襟の制服を着て、髪の毛を整えてから部屋を出る。廊下を歩く男子たちは皆どことなく浮かれている。後輩たちは先輩たちに花を贈ったり、卒業生たちは後輩におさがりの刀や銃をあげたり別れを惜しんでいる。俺にはそういう後輩は特にいない。人波を避けて俺は寮から校庭に出る。すると寮の前の水飲み場にセーラ服の一人の少女がいるのが見えた。腰まである長い黒髪に蒼い瞳の美しい大和撫子。俺の方を見て笑みを浮かべる。
「美夜。お付きの者を放っておいて男子寮の前をうろつくのはお嬢様らしくないんじゃないかな?」
「もう今日で卒業よ。そんなのもういいじゃない。それにお嬢様はやめてよ。武士団は言った後もそういう気?」
「そりゃ君は宮崎を治める大名のご長女さまなんだから一生言われるだろうさ」
「いやね。生まれの区別ってのは」
「俺らなんぞよりましだろ。異世界人の血を引いてたり、Fランクの親からうまれたFラン確定の俺なんかに比べればよほどましだろ」
「了資はFランなんかじゃないわ。だって首席卒業でしょ。絶対に高ランクが与えられるに決まってる」
一般にステータスシステムの『ランク』の高低で人の立場が変わる。現代の身分制度だ。もっともこのランクは血統に依存するところが多い。もちろん例外はあるものの。その数は少ない。俺は多分Fランクだろう。逆に大名の娘でずっと優秀な者たち同士で婚姻を続けてきて生まれた美夜は最低でもAランクからだろう。一応頑張れば後天的には上がるが、条件が不明瞭すぎて夢物語だ。
「俺は文官志望だよ。ランクなんていらないよ」
「それじゃ私が困っちゃうんだけど。約束忘れたの?」
「忘れたわけじゃない。でも戦場に出なくてもやれるさ」
「いいえ。武功がなきゃ誰も意見なんて聞いてくれないわ。ランクに関係なく人々に平等な権利と公平な機会を与える社会。かつては実現できていた理想の社会を私たちが復活させるの。そのためには武士団で活躍しなきゃダメなの!」
俺は苦笑いをする。俺だってその夢に共感はしている。だけど自分に高ランクが与えられることはないとわかっているからこそ、文官としてこの都市の運営に携わりいずれは政治の世界で夢を実現する。その方が現実的だと俺は思う。
「いい加減、美夜に絡むのはやめていただけないかな?空蝉了資」
やや高めのハスキーボイスが響く。いつの間にか俺たちの傍に一人の少年がいた。身長は俺より少し低いくらい。長い銀髪をポニーテールにしている赤い瞳の美少年。彼は鋭い視線で美夜を睨んでいる。
「婚約者がいる身でありながら、他所の男と楽し気に語らうのがこの宮崎の大名である花橘家の御令嬢の作法なのかな?」
厭味ったらしい口調で美夜を咎めている。美夜は顔をしかめて不機嫌そうに返事をする。
「そうね。軽率だったわ。卒業式だから浮かれていたの。許してくれる?未来の旦那様」
この銀髪の少年、鳴海祝が美夜の婚約者だ。この宮崎の大侍の鳴海家の嫡男であり、代々有能で高ランクな戦士を輩出してきた一族である。大名の令嬢の交配相手にはふさわしいだろう。ちなみに俺に次ぐ次席卒業である。
「わかっているならいいよ。美夜。空蝉は文官に進む。これからは近づくのは控えて欲しいものだね」
それだけ言って鳴海は体育館の方へと言ってしまった。
「いやぁね。嫉妬かしら?」
「まあ男としちゃ意中の相手が誰か他の異性と喋ってたら楽しくはないだろうね」
「ふん!そんなの独占欲でしょ!絶対に私の実力を父上に認めさせて、婚約なんて破棄してやるから!」
果たしてそんなことが許されるのか?武家の連中の血統管理への情熱はすさまじいものがある。この世界の戦力が血統に依存がちである以上、都市ごとに能力者の婚姻を統制して高ランクを維持するのは軍事的には合理以外の何物でもないのだから。
卒業式はあっけなく終った。卒業証書を貰って寮を引き払い、俺は都市中心部の公務員寮に向かおうとしたときだった。
「生意気なんだよ!あんたが第三席!ガイジンのくせに!」
「でも僕は精一杯頑張って!」
「はぁ?!あんたたちが異世界から来たからこの世界は滅茶苦茶になったのよ!なのに口答えする気!」
青い髪に金色の瞳の少女が二人の女子から攻められていた。みんな証書を持っているから卒業生のようだけど、蒼い髪の子の雰囲気は虐めている女子たちとは違った。くっきりとした顔立ちで鼻筋が通っている。異世界人の血を引いているのだろう。在学中に放したことはあまりなかったけど、戦闘術や指揮に優れた女の子だった。名前はシャールカ・アジュトルレギウィ
「あんたさぁ。武士団への入隊辞退しなさいよ!」
「え?!でも僕はこの街を守るためにここまで頑張って……」
「あのさ。武士団は日本人のためのものなの。あんたはお情けで壁の内側に入れて貰えてるの。わかる?あんたみたいなおどおどした奴は戦闘じゃ役に立たないわ」
「そうよ。そうだ!街の訳にたちたいっていうなら、風俗街で働けば?外で戦ってきた侍さんをその無駄にデカい胸でなぐさめてやればいいじゃん!きゃはは!」
だまっていられなかった。俺はすぐにその場に割って入る。
「やめろ。くだらない言い争いをしても、卒業成績は変わらないぞ」
「あんた!首席の!なんでガイジン庇うの!この世界を滅茶苦茶にした奴の子孫だよ!」
「この子がそれをやったのか?!」
俺は虐めてくる女の子たちに向かって怒鳴る。女の子たちはびくっと体を震わせた。
「もう200年も昔の話だ。ガイジンとかいって排斥することに何の意味があるんだよ。くだらない。この子も武士団に入るんだ。俺たちはこの街の同胞だ!わかったならささっと消えろ!」
俺がそういうとばつの悪そうな顔で女子たちは去っていった。
「あ、あの。ありがとうございます!僕怖くて、足が竦んで、なにもできませんでした」
「気が強い人たちの怒声は怖いからね。しょうがないよ」
「それに僕がガイジンなのは本当だし」
「だからなんだよ」
「え?でも……」
「どうでもいいよそんなの。それよりこのまま登庁だぞ。いそいだ方がいい」
俺は蒼い髪の女の子の傍から離れる。くだらない。違いよりももっと大切なことがこの世界にはあるはずなんだ。