08
「団長、聞いても良いか?」
「うん?」
ガタガタと揺れる馬車の中で、ベルガルドは低い声をさらに低めて話しかける。
良い声だ、歌い手にでもなれば良いのにとアデリーヌはベルガルドの声を聞く度に同じことを思った。
「あれ、全滅しろって命令であってます?」
「・・・まぁ、簡単に言えば、そういうことになるな」
聞くだけ聞いて黙り込むベルガルドと共にアデリーヌは実家のペイシェル伯爵が王都に持つ邸宅に向かっている。
馬に無理をさせず、馬車で5日あまりのゆったりとした旅路だ。人を乗せるための馬車に、後ろからアデリーヌとベルガルドそれぞれの荷物を載せた荷馬車が連なっている。
正使を歓待して、無事にお帰りいただいた後、アデリーヌは北壁の騎士たち全員に3日間の休暇を与えた。
食料の備蓄を冬支度と一緒に行うため、休暇後には全員が山狩りをすることになる。
近隣の領地から穀物がかき集められ、順次災害のための備蓄庫が開けられる。
布を織るもの、糸を紡ぐ者、魔道具や魔法士のための材料を集めに冒険者たちが大きく動く。
そして、アデリーヌとベルガルドも王都に向けて出発の日を迎えた。社交界に向かうにあたり、アデリーヌは伯爵令嬢らしいドレスに身を包んでの移動となった。
「わあ、団長ほんとに女性だったんですね」
「悪女っぽいけど、お似合いです!」
「ドレスで王都を走ったりしちゃダメですからね」
余計な口を聞いてセダから頭をはたかれる騎士たちをアデリーヌも一緒になって笑う。
「そうだ諸君、良いことを教えてやろう。女が着飾ったら、褒めろ。基本中の基本だ。余計なことは言うな、ただ似合っていると言え。ただし女友達と一緒にいたら、女友達をまず褒めろ」
「へ?」
「女友達に恥を欠かせると本命にも逃げられるが、女友達に本気になられてもいけない」
「本命だけ褒めちゃいけないんすか?」
当たり前のことをぽかんとした顔で聞いてくる若い騎士に、アデリーヌはバサッと扇を顔の前に広げ、哀しげに瞼を伏せ、大げさに声を震わせた。
「あなたの騎士が一緒にいると、私とっても惨めな気持ちになるの。あなたとは良いお友達だと思っていたけれど、今後のお付き合いは控えさせていただくわ・・・などとでも言われてみろ。本命の女主人としての生活は地獄からのスタートだ」
「なるほど?」
「さすが、団長。詳しいっすね」
「バカ、団長も女人であられる」
「それからな、本命への相談を本命の女友達にするのは最悪の悪手だ」
パチリと閉じた扇を入り口のホールに集まった騎士たちに向ける
「えっ」
「なんだもう手遅れか?」
ニヤリと悪い顔で笑って見せると、何人か顔を青くした者たちが見えた。
「自分の男友達と仲良く見える女には手を出さないだろう?女だって同じことさ」
「団長~~!そういうことは早く言ってくださいよー!」
「あ、お前ここに座り込むな!後で聞いてやるから!」
騒がしい仲間たちに一時の別れを告げる。
北壁騎士団に逃げる者などいるはずがない。けれど、愛する者に別れを告げられる戦争は珍しい。
「諸君、よく休み、よく眠り、よく備えよ」
アルベルト、セダ、私の可愛い騎士たちをよくよく見てやっておくれ。
私たちはこれから王都で寄付金を集めてくるよ。なにせ戦争にはとにかく金がかかる。せいぜい、搾り取ってやるさと笑うアデリーヌは酷くなまめかしい。
見慣れぬドレス姿のアデリーヌと馬車に乗り込んで数日、ベルガルドはそんな出発の時を思い返していた。
「まぁ、私たちの首で何を購うつもりなのか、高みの見物といこうじゃないか?」
「高みの見物ってそういうことじゃないんじゃないかなぁ?」
「それより、王都につくまでにマナーの教本のおさらいを終えてしまえ」
「いやこれ高位貴族用だよ?俺、男爵家の分ですらろくに教わった記憶がないんですが」
「お前、私をエスコートするんだぞ、私に恥をかかせるつもりか?うん?」
「死ぬ気で頑張らせていただきます!」
「良し。王都の夜会で私のドレスを褒める名誉を与えてやろう」
圧をかけながら、貴族らしい微笑みを貼り付けて見せてやれば、ベルガルドは大きな体をぎゅっと縮めて必死に本のページをめくり始めた。